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2016年8月23日 (火)

モノを残すなら、、、

製造業で生きて、モノを残すなら、、、、
一つは、自分で製造に携わったモノを世の中に送り出すというモノ。
もう一つは、自分で生みだした価値観を世の中に具体化させるモノ。

どっちが良いか?というと、個人的には絶対的に後者。

前者のモノは、自分である必然性が無い。代わりの人でも実現出来るモノ。というと、自身の必要性が無いと言っても良いからだ。設計する、図面を作る、ネジを締める、組み立てる、、、、そういうものは、手順が決まっていれば担う人間が誰でも良いからだ。

後者のモノは、価値観故に未知の価値観である。未知の価値観を生みだして具体化するもの。具体化したモノを世の中に提供するとなると、その価値観が無ければ不可能で、未知の価値観というと、自分以外に代わりが居ないからだ。つまり、具体化には自身の必然性があるからである。

ということで、物作りの世界で生きるなら、自身が未知の価値観を生みだして、それを具体化させて世の中に普及させるのが理想。

最近、25年のライフワークの中で、取り組んできたテーマの中で、20年前に他人の価値観の上で作ったモノを経て、10年前に編み出した自身の価値観を権利化して、いよいよ価値観を具体化したものが実際の世の中に大企業の製品に組み込まれて実用化に向かう。

何だか、一段落、一区切り感がハンパ無く強い。

もう、いいかな?的な感じである。

直接、手を汚して図面を書いたり、ネジを締めた数は極僅かだけど、頭で組み立てた論理で価値観を作り出して、モノに具体化出来たのは数少ないけど、その内の一つが非常に大きなモノだと自身では思っている。そのモノっていうのは、地球温暖化で問題となっているゲリラ豪雨対策の公共設備に必須のシステムでもある。そういうモノが一つ出来たという事で、そろそろ、引退して隠居生活に入るのも良いかな?と思っているところ。

正直、チョット疲れました。

早めの第二の人生というか、余生に突入するのも良いかも知れません。

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