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2016年8月30日 (火)

世代を分析する

世代を纏めた言葉をよく聞くけど、そもそも世代のカラーを決めるのは何か?それは、多感な学生期に接する環境というか刺激が最大のものだろう。その刺激というのは、教育における指導要領、そして、日常生活で接する情報メディアの種類に集約されると言える。

指導要領とは、その時代に求める人材育成の方向性である。指導要領こそが時代を反映した最大の刺激要素と言える。更に、日常生活において刺激を受ける要素は、生活の中で接する様々な情報だろう。接する情報の質と量は、情報メディアの発達に大きく依存するために、時代の情報メディアも大きな刺激要素と言える。

学習指導要領は時代毎に変遷しているが、大きな時代性で区分し、その時代毎の情報メディアを関連付けて分類してみることとする。なお、○○カリキュラムは実際に指導要領の説明に用いられていた言葉を主に使用している。

------戦後復興人材育成期------
1947~1950年(昭和22~25年):1932年生まれ、~84歳、ラジオ世代
1951~1955年(昭和26~32年):1936年生まれ、~80歳、ラジオ世代
1956~1960年(昭和33~35年):1942年生まれ、~74歳、ラジオ世代
 この世代は、既にリタイヤした世代で70歳以上世代だ。この世代は、戦後復興に携わる人材を速やかに社会に供給することを目的としたカリキュラムが組まれている。速やかな戦後復興と、戦後の高度経済成長の礎を築いた世代だ。
 この時代において、成長に刺激を与えるメディアと言えばラジオ程度である。よって、人格形成には、学校教育と家庭教育が殆どを占めている。結果、世代の傾向としては、規律を重んじ勤勉な傾向では無いだろうか。技術に対する見識も、傾向としては経験則を重視した職人気質な知見にウエイトが置かれている。その中で技術を磨く最大の方法は、経験を積むこと。経験を積むには勤勉さが必要という事。

------系統性重視カリキュラム------
1961~1970年(昭和36~45年):1946年生まれ、61~70歳、テレビ世代
 この世代も60歳代で半数がリタイヤした世代。この世代は復興から成長に舵を切った時代の要求に合わせ、西洋技術の獲得による近代国家建設に必要な人材の育成に力が入れられている。教育としては、効率的に学問を修得出来るよう、各分野が系統的に整理された学問体系にそった指導が為されているのが特徴である。この世代も日本の高度経済成長に大きく寄与した。
 この時代においては、情報メディアが大きく変遷しテレビが普及した。これによって、様々な情報を映像化されて得ることが出来、多くの情報を、多くの感じ方で受け取ることによって人材の多様化が進んだと言える。

------現代化カリキュラム-------
1971~1979年(昭和46~54年):1956年生まれ、51~60歳、テレビ世代
 この世代は今の50歳代が中心。この世代の担わされた役割は、高度経済成長によって先進国に仲間入りした後に、技術立国で国際競争力を優れたモノにすることを可能とする人材の育成が重視された時代。カリキュラムとしては現代化カリキュラムというもので、先代の系統性カリキュラムを更に濃密にし、密度の濃い詰め込み教育が為された時代である。
 ただ、指導要領の濃密化に伴う理解習熟度に大きな差が生まれることにもなったのである。
 しかし、そうは言っても現代における先端技術開発の研究結果を多く発表しているのは、正に、この世代であり、当時の指導要領の賜物とも言える。これは、技術開発等において必要不可欠なベーシックな知識と新しい価値観を生み出す論理体系の習熟が最も進んだためと言って良いだろう。知識の広さ、深さ、論理の進め方の素地の完成度という意味では、恐らく最強の世代と言える。
 接する情報メディアは前世代同様にテレビだが、多チャンネル化、娯楽化が進行し、価値観の多様化が一段と進んだ世代とも言える。濃密な指導要領による習熟理解度の幅が生まれ、一部のエリートが生まれる一方で、落ちこぼれと称されるモノも生まれる。これに、娯楽化が進行したテレビメディアによる様々な仮想体験を受ける事で、従来の常識では考えられない事件や事故が生まれたのも、或る意味、価値観の多様化の結果と言えるだろう。
 世代的には時代をリードする人材が多くいる一方で、後の社会問題の根源も多く生み出しているのが特徴だ。

------ゆとりカリキュラム-------
1980~1991年(昭和55~平成3年):1965年生まれ、~51歳、テレビ世代
 この世代は今の50歳以下の世代、大きく言えば40歳代以下と言っても良いだろう。
 この世代は、社会問題となった非行、校内暴力の原因が、過度な詰め込み教育とも言える現代化カリキュラムによるもの判断されて生まれた、『ゆとりカリキュラム』を受けた世代である。過去において指導要領が減らされることは有り得なかったが、この『ゆとりカリキュラム』では、その常識を覆すカリキュラムとなっている。
 時代背景としては、既に先進国をリードする技術立国を成し得たという判断も、このような転換を許したと言える。技術立国で必要なのは、既知の知識から未知の知見を生み出すことであり、本来は、論理体系立てた学問の理解が必要な筈だが、学習時間の大幅な削減、指導内容の削減により、そのような理解の機会が大幅に奪われ、内容的にも論理構築型のカリキュラムから、構文記憶型、公式記憶型のカリキュラムに変遷しているのが興味深い。この世代、今はメディア等で『ゆとり』世代を否定する側だけど、指導要領的にはこれも『ゆとり』世代である。ゆとり先駆け世代と言って良い。
 大きな間違いは、非行を生んだ落ちこぼれ解消のために、指導内容を容易なモノとしたこと。これが、後の技術進化の停滞と国際技術競争力の低下を招く元凶となった可能性も否定出来ない。
 なお、後の本格的な『ゆとり』世代と大きく違うところ。それは、成長期に接するメディアの種類が違う。接するメディアは前世代同様のテレビに留まっている。テレビとインターネットの最大の違いは、情報発信の多発化が進んでいない点、それから、発信された情報の二次利用が為されない点である。

------新学力観(超ゆとり)カリキュラム------
1992~2001年(平成4~13年):1977年生まれ、~39歳、インターネット世代
2002~2002年(平成14~14年):1987年生まれ、~29歳、インターネット世代
2003~2010年(平成15~22年):1988年生まれ、~28歳、インターネット世代
 今の40歳未満世代が含まれている。指導要領は前世代から更に削減されて、個性重視という新学力観の下で改訂されている。知識の構文化、公式化、簡易化が更に進んでいる。一方で、生活科の新設、道徳教育の充実といった方向に改変されている。知識とは先人の知見の集約、その知識を駆使し、新たな知見を見出すという学問の深化を進めるための教育からは、最も懸け離れた世代とも言える。個人的には、一番ヤバイ世代のような気がする。
 メディアも前世代のテレビからインターネットという、情報発信の多発化が進み、二次利用が簡単に行えるモノに取って代わっている。様々な情報が簡単に取り出せて、好き勝手に利用できる世界となっている。
 ただ、情報発信の多発化に、発信情報の精度、信憑性は連動しておらず、誤った情報も氾濫しているのが現実であり、その氾濫した情報に翻弄されがちなのも特徴である。氾濫した情報の信憑性というのは、何よりも個人が情報の真偽を見抜く目が必要だが、その目というのは、一朝一夕に獲得出来るモノでない。ただ、この世代はネット情報への盲目的な信仰度が非常に高く、安易に、その情報を利用する傾向も強い。
 先日のO女史によるSTAP論文の体裁についても、所謂コピペという方法が各所に見受けられるのが実状である。このような情報の安易な利用というのは、東京オリンピックのエンブレム問題でも、様々な作品に盗作、引用疑惑でのS氏でも似たようなモノといえる。

------脱ゆとりカリキュラム-------
2011~2017年(平成23~29年):1996年生まれ、~20歳、インターネット世代
2018年以降 (平成30年以降):2013年生まれ以降、~3歳、インターネット世代
 長きに渡って続いた『ゆとりカリキュラム』こそが、現代の停滞の原因と判断したためか、今の二十歳未満の世代は、脱ゆとりカリキュラムの下で教育を受けている。
 ゆとり教育以前の現代化カリキュラムとの大きな違いは、技術立国を志向する方向に偏ったものではなく、様々な分野において区別無く体型的な学問修得が出来るように改められているのが特徴。昔は、主要科目以外はオマケ的な扱いだったが、現代においては、どの分野においても生きる力を身に付けるという方向となっているのが大きな違い。
 そのため、様々な分野において秀でた能力を開花させる事が期待されている。
 時代背景も多様性、多様化が更に進んでおり、そういう意味では、学問だけでなく、音楽、スポーツ、芸術といった様々な方面で活躍出来る若い人材の登場が期待出来る。

このように分類出来るのでは無いだろうか?奇しくも10年毎である。70代以上、60代、50代、40代、30代以下と分類出来る。
戦後復興を果たした70代、高度経済成長を支えた60代である。50代以降は光と陰の部分があるだろう。50代が担った時代では先端技術立国を果たした反面、数多くの社会問題を引き起こしている。40代以降は次第に陰の部分が多くなる。40代が担っている現代では技術的優位性を保つ事が出来ず国際競争力を失いつつあるのが現状だ。30代が担う時代がどうかは予測出来ないが、新しい知見を生み出す素地が最も身に付いていない世代故に、非常に厳しい時代の到来を予感される。この、新学力観超ゆとりカリキュラム世代が担うであろう、今後20年というのは決して明るい未来が想像出来ないというのが個人的感想だ。

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