常識だと思う
どんなモノでも使っていく内に、徐々に消耗、摩耗して調子を落とし、そして最終的に壊れていく。
ただ、壊れる前に、消耗は、初期症状から徐々に進行するのが普通。
それ故に、メンテナンスっていうのは、初期症状をチェックし、消耗限度に到達する前に、交換、メンテすることで、ずっと使えるのである。
ただ、世の中には、それを無視し、異音、違和感を放置し、最終的に壊れるまで何もしないという生き物も存在する。
見ていると、、、常識外れで、知恵遅れで、存在価値無しとさえ思う。
ただ、そういう壊滅的な状況であっても、取り敢えずの応急処置は可能だ。
修理、応急処置というのは、破壊の状態が如何なる順序で起きたモノか?を見れば判るので、その根元的な部分を最低限回復させる事で、何とかなる場合も少なく無い。
まぁ、機能喪失というのは、因果関係から考えれば原因が判るので、その部分を修復すれば、予期せぬ突発的なトラブルでも対処可能な場合も多い。
ただ、この修理というのは、原因の究明が必須であり、事象の原因を類推すれば、差程難しい事でもないのだが、これが全く見えないアホも存在する。動かなくなったとい事自体を眺め、後は何もしない、、、、そういう奴も居る。
モノは確実に壊れる。そして、壊れた結果には、確実に原因が存在する、、、、これさえ判っていれば、壊れる前にメンテ対応が可能だし、仮に壊れても原因を究明すれば修理は可能なのである。
この、使えば消耗する。壊れるには理由がある。これって、全てに当て嵌まる常識で、それを理解するのが小中高の教育の筈。
しかし、社会にでて長い年数が経つ、三十路や不惑過ぎのオッサンでも、この常識が全く無い奴が居る。そもそも、社会で勤める資格等無いと思うのだが、言い過ぎなのだろうか、、、こういう常識というのは、人間力であり、これは社会で年長者が教える事でも無いように思う。こういう事が判らない奴は、そもそも、社会で稼ぐ事自体が許されるべき事でないように思う。
社会に出る事が出来るか否か?これは、常識が備わっているかどうかの資格試験でも行うべきのように思う。
先日の話だが、小中高の常識的知識が無いから、身に付けるために、中高の塾講師バイトを始めるなんて言うバカが居たけど、その発想自体に非常識を感じる。小中高で学んだ事が身に付いていない奴が、中高生に教える?、、、塾経営の経験者からすれば、その責任感の無さ、非常識加減に、怒りが込み上げてくる。アホだ。
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