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2018年5月12日 (土)

乗った事がある、所有したことがある

これは、結構違う。乗ったことがあるっていうのは、チョイノリ、試乗、代車、、、そんな案配だけど、自分のモノでない状態を扱うのと、自分のモノとして扱うのでは、モノへの探求度が明らかに違う。弄る場合にしても、乗る場合にしても探求の深さに明確な違いがある。探求の深さとは、モノに対する責任と、モノと付き合う長さに比例するモノと言って良い。
自分のモノでなければ、モノの無事が大前提での付き合いになるし、理解する時間が短ければ、理解した範囲での付き合いに留まる。

過去を振り返れば、自分の所有権となった愛車というのは、37年で原付を含めれば三桁を軽く越えている。自動二輪以上で重複した車種を一台とカウントすれば五十台前後という状況だ。手元に残った台数から見れば、十倍以上の単車が手元に無い状態。それに掛けた金額は、膨大な額に登る。
また、乗った事がある台数は?というと、その数倍以上に登るけど、そのモデルがどうだったか?どんな操縦性で、どんな特徴があったか?という記憶を遡れば、記憶に残るのは乗ったことがある程度の車種では殆ど残って居らず、所有してきたモデルだけと言って良い。35年以上で100台以上を乗り継いでいる。平均で言えば、一年に3台ペースだけど、実際には、三十年に渡り維持し続けているモデルもあれば、二ヶ月程度で売却したモデルもある。最短では一ヶ月未満で売却したこともある。ただ、何れも自分名義の自分の愛車だったので、そういうモデルに対する感想というか主観というのは割とハッキリ残っている。

ただ、モデルの動力性能的、操縦性的な印象以外、具体的には整備性とか、モデル固有の弱点とか、そういった部分の記憶が鮮明で直ぐに思い出せるのは、拘って入手して比較的長い時間一緒に過ごしたモデルに限られる。

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