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2018年5月26日 (土)

初バトル回想

畑賀峠で当時の常連と初めて走ったのは、1980年代初頭の事だ。
四台で麓の高校入口から登坂車線の終わる頂上を何回か往復したのを覚えている。
最初は、Z750GP、VT250F、MBX125Fの三台が走っていたところで、誘われたのが切っ掛けだ。自身はZ250FTだ。
この時代、峠にレプリカバイクは存在しなかったように思う。

それまで、単独か、面識のある友人とだけ走っており、速いのか、遅いのか、それもサッパリ判っていない状態だったけど、それなりに変な自信を持っていたのも確かだ。
それ以前は?といえば、CB400D、GSX400FS、CB125T、RD50といったモデルで、好きに通って、好きに走って帰るというパターンだったけど、峠の住人と走ったのは未経験であったのを記憶している。

最初に走った時の記憶は、それまでとは次元の異なる速度で、正に目から鱗。前を走るMBX125Fのミズスマシのようなコーナーワークに度肝を抜かれたのを覚えているけど、登りも下りも、彼らの後方を追走しているから、なんとか走れていたというのが実際のところである。ただ、その時以来、走る際には何時も誘われるようになったり、一緒に走るように名も知らない人から頼まれるようになったのを覚えている。因みに、Z250FTは、アンダーパワーをカバーするために、極限迄寝かせるということで、スタンドを取っ払い、マフラーを集合に交換、バックステップを装着という状態だったけど、結局は峠に通い始めて半年程で、エンジンが白煙を上げて動かなくなったのである。

もう35年以上前の事である。当時の記憶は未だに鮮明である。
ただ、今考えれば、よくもまぁ怖いモノ知らずで寝かせられるだけ寝かす、、、、なんて走りを突き詰めていたモノである。アホだったとしか言いようがないけど、あの体験がなかったら、今は多分違った形だったのだろう。

Z250FT以降、暫くはローパワー、オーバーウエイトのモデルを選んでいたのが、走りのスタイルを決めたようにも思う。

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