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2018年10月26日 (金)

STAP細胞

今更感があるけど、あの騒動は何だったのだろう?
当時から今迄思うのは、個人的な感想としてSTAP細胞というか、そういう風に見えるものは、確かに存在しているのではないか?という感覚である。

実験というのは、気付きにヒントを得た仮説の発想であり、仮説が発想されなければ実証するための実験は有り得ない。仮説を実証し、確証を得て論文化するもの。

ここで重要なのは、仮説の発想、それから仮説の実証である。

仮説の発想は、発明家によるもの。仮説の実証は、それを支える人によるもの。これが今時の論文、特許が世に出るパターンだ。

そして、仮説の発想というのは、その分野の知見、常識を把握したモノでなければ生まれない。発想自体が既知の事実だとすれば、発明という観点から見れば無意味である。

そう考えれば、既知の事実を超えた仮説を生み出すと言う事、そして、その仮説に識者が集まって来たと言う事を考えれば、その仮説の発想自体が嘘だったとは言い難い。

仮に、全てが嘘であったとすれば、その仮説を生む事自体が考えづらいものと言える。

この問題は、仮説の実証を急ぎすぎた事、他人任せにし過ぎた事、それに関連する利権で人が動いた事が複雑に絡み合い、結果として実証が不完全であるにも拘わらず、実証できたとする論文で世に出た事にあるのだろう。

仮説というのは、発想者の知識と経験に基づくもの。そういう意味では、仮説自体が生まれた時点で、恐らくは半分は真実なのでは無いだろうか?
もしかしたら、将来、この仮説を全く別の方法で実証したという報告が、思い掛けない場所で生まれるのでは無いだろうか?

論文を仕上げる能力というのと、仮説を発想する能力は別物。研究者なら両方が必要かもしれないが、時代は発想力を求めているように思う。

今更、こんな記事をアップするのは、最近、小保方晴子氏の『あの日』を読んだから。

内容は兎も角、発想したのは事実。そこが一番大事ではないだろうか?

因みに、この本、読むのに要した時間は1時間ほどでした。

こういう本は、心情的には書きたい気持ちも判らないではないが、別の方法の方が良かったような気もする。

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