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2018年4月28日 (土)

クラッチワーク

自動車の運転での醍醐味といえば、クラッチワークも欠かせない要素の一つ。
勿論、これだけではないけど、加減速に伴う変速操作の中で、クラッチの切断、接続が感じられない程にスムーズに行えるというのは、自己満足度を高める大きな判断基準。
また、半クラッチの時間を如何に短時間に済ませるか?というのも重要なポイント。

シフトアップでは、切れ目のない連続的な変速が出来るかどうか?というのは、加速の程度に応じたアクセルワークとクラッチワークの連携度合次第である。発信を含め、これが如何にスムーズに行えるか?というのは極めて重要だ。
シフトダウンでも同じ。

因みに、変速操作の間にブリッピング動作を入れて駆動系と機関の回転数を揃える操作は、基本的に減速時のみに必要な操作。

稀に、シフトアップ時に、『ブーン、ブンブンブン、ブーン』という風に途中に空ぶかし的な操作が入っているようなシフトアップは基本、有り得ない。シフトアップ時にはエンジン音は極力連続的になるように操作するのが大事だ。

この辺りの満足感は、車ならMT、バイクなら昔ながらのリターン式ミッション車なら楽しめるモノだったけど、車のAT、単車なら今時のオートシフター等々では、そういう操作の出来た感で満足を感じる事は無さそう。

自動化装置があればスムーズに出来るかも知れないが、一寸慣れていれば、何もなくても出来る訳だ。この程度のオペレーションに機械の助けが必要というのは、如何にも乗せられている感が強く、個人的には操作の自動化が進むにつれて今一感が強くなる。

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保管はどっち?

単車の保管、今時のバイク、バッテリーを外していれば、エンジンを掛けずに置いておいても大丈夫、、、そういう声は良く聞く。

それに対して、一寸でもエンジンを掛けて置いた方が良いという声も聞く。

個人的には、チョークを引いてエンジン始動して終了という維持の仕方ならやらない方が良いと思う。カーボンが溜まったり、燃料で濡れて被ったり、、、と良い事はない。
でも、掛けずに置いておく状態よりも、定期的にエンジンを掛けて、十数キロは乗り続ける方が良いような気もする。

まぁ、エンジンを掛けて乗れば確実に消耗するのも事実。この辺の兼ね合いは色んな考え方があるので、何が正しいというのも判断しづらい。

基本的には、長期保管というのは悪くないけど、長期保管後というのは、目覚めの儀式ではないけど、再始動する際には、それなりの留意が必要。
この長期保管、一ヶ月程度ならシビアになる必要がないかもしれないが、エンジン内の油膜切れに対応して、突然エンジンを始動するのではなく、オイルを機関内に巡らせる処置は行った方が良いと思われるけど、一般的に、長期保管後の再生は、バッテリー接続で粋なりドキュン!が多いのが現実。

因みに、長期保管での懸念というと、シール類の劣化。CXでは再生時において長期放置車両だったためか、シール類の劣化が著しかったようだ。といっても数年程度の放置だったはずだけど、ステムシールがアウトでオイル下がりを起こしていた。

シール交換後、二十年が経過しているけど、今のところ、そのような症状は発生していない。

長期保管だと、こういうシール類が劣化する可能性もある。

そんな訳で、乗る方が良いか?バッテリー外して保管が良いか?というと、なかなか判断が付かない。

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味のある写真

昔の写真、なんか趣がある。時代を象徴する建物、車を映さない、山や空を写した写真も味がある。
しかし、ここ十年内のデジカメで撮影したデジタル画像、十年ぶりに出力して趣があるか?というと、なんか機械的で今一。

味や趣を感じるのは被写体の古さとは限らないようだ。

今のデジタル画像を加工して昔風にしても、なんだか、白々しさが残る。

昔のフィルムカメラで撮影した写真、創成期のデジタルカメラ、価格を極力抑えて作られたトイデジの画像というのは、被写体が現代の物であっても、写真自体に趣や味があるように感じる。

空一つ撮影しても違うような印象。

この違いは何か?

やはり、現実の映像を映し切れていない不完全さに起因しているのだろう。完全な画像をそれっぽく加工すると、全体に抑揚がなくなるだけ。昔の撮影機材は、条件によって映せたり、映せなかったりという特徴がある。それにより、一枚の写真の中にも一様とは言えない変化が折り込まれている。この変化、不完全さ、これが写真に味を加えている印象である。

未だに、十数年以上昔のトイデジ、創成期のデジタルカメラを保管しているけど、これで撮影した映像は、未だに何とも言えない趣を感じる。

こういうの、結構好きだ。

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2018年4月27日 (金)

煽り運転で免停wwww

煽り運転で三月までに免停13件だそうだ。
危険性帯同者で免停になるとか、、、、面白すぎる。
ここ最近で一番煽り運転を受けたのは、広島300め91-31の金色のプリウスの43歳だ。何と言っても、上り坂メインで2kmに渡って執拗に自転車の後ろを自動車で追い回すという、悪質極まりない話。自動車が自動車を煽るのは煽り運転だけど、自動車が自転車を煽るというのは、煽り運転ではなく殺人未遂である。

思い出すだけでもムカツクので被害届だそうかな?とも思う程。

さて、煽り運転っていうのが、テレビでドラレコ映像で放送されているけど、面白いのは、プリウス、ワンボックス(ハイエース、アルファード、ヴェルファイヤ、エルグランド)が多いこと。正しくである。前述の煽り車両もプリウスで本人はエルグランドに乗る人。以前、自転車で幅寄せ喰らったのはキャラバンNV350。

運転者で共通しているのは、俺様系の人が多い。

表題の理由で取り締まるなら、免停なんて、甘過ぎ。免許取消+取得資格剥奪くらいしないとダメだろう。

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メタルパーツ

単車の車体構成部品、今時は多くのパーツが樹脂製である。樹脂パーツが大挙採用されるようになったのは1980年代だろう。以前からも樹脂パーツは所々に使われていたけど1980年代を境に一気にパーツの樹脂化が進んでいる。
樹脂は造形の自由度が高く、軽量化が可能なので二輪車には最適な素材と言えるが、樹脂パーツの質感は如何にも樹脂という風に見える点で、金属パーツの質感を好む人からは敬遠されがちである。
不思議なことに、樹脂パーツにメッキ処理して金属風に見せても、メッキした樹脂に留まり、質感的には、金属パーツとは同じにはならない。

金属パーツ、樹脂パーツ、どっちが良いというものではないけど、車両のキャラクターに併せて樹脂パーツが似合うモデルもあれば、金属パーツが似合うモデルもあるように思う。

アメリカンモデル、スタンダードなネイキッドモデルといった類には金属パーツが似合うし、カウル付きのスポーツモデル、未来的なモデルには樹脂パーツが似合うようにも思う。

我が家で言えば、ガンマ、SV、CXは樹脂パーツの方がにあうように思うけど、BTでは金属パーツの方がにあうように感じる。

因みに、BTは左右スイッチボックス、ヘッドライトステー、フレームのヘッド部のカバーがアルミダイキャスト性である。左右ステッププレートもアルミダイキャスト品、タンデムバー一体型のテールカウルもアルミダイキャスト品である。
このような構成に併せてウインカー自体はSRX後期型用のアルミダイキャスト製ボディの小型ウインカーに交換してある。この辺りのパーツがメタルで纏められていると、結構イイ感じである。

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実走パターン

冬場、週末悪天候が続く。結果的にピスト走がDNSの事が多い。
例年なら、フルサイズバイクに乗る機会が激減するところだけど、今は平日夜間にヒルクライムを行っているので、休日ピストが中止になっても平日ヒルクラがあるので、実走がある程度確保されている。
やはり、ローラー台と実走は全然違う。

実走でも平地とヒルクラは全然違う。

昨年迄はピスト走が最高!って思っていたけど、最近はナイトヒルクラの方が良いような気がする。筋トレ的要素、有酸素運動的要素共に高い。そして、低速だから安全。近場なら手軽!

近場でヒルクライム、、、、一番お奨め。

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TY-SHR3とICF-M780N

寝室で東芝のTY-SHR3を使っていた。微妙にICF-M55より感度が劣る?という実感から、どうしてもソニーのICF-M780Nが気になっていた。
ただ、10,000円近くだしてICF-M780Nを購入するつもりはない。

そう考えていたところ、中古良品を6,000円で見付けたのでICF-M780Nを購入してみた。

サイズ、仕様はICF-M780NとTY-SHR3は殆ど同じ。シンセチューニングによるAM/FM/ラジオNIKKEIの3バンドラジオ。

違いは?といえば、乾電池サイズ、プリセット選局数、ボタン配置、時計+タイマー機能の有無というところ。

感度を比較すると、、、、思った程、大きな差異は無い。それと、チューナーの動き方、ボリューム位置を見ると、、、もしかして、中身は同じもの?なんて印象を抱く程。

ただ、時計付き、お休みタイマー、めざましタイマー付きということで、寝室ではICF-M780Nを使うことに。
そして、別の書斎ではTY-SHR3を使う事にした。

ラジオ、結構お奨め。寝る前に聞きながらタイマーセットして就寝、、、なかなか悪くない。

ただ、、、、、個人的には、もっと高感度のラジオが欲しい。

今更かもしれないけど、パナソニックのRF-U155も気になる。

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2018年4月26日 (木)

車間距離は何処?

スポーツセンターに通う道。
物凄い勢いで左車線からエスティマが抜いていった。
別に構わない。しばらくしたら、前方で右折車両が居たので、左に進路変更して、右折車両をやり過ごして右車線に戻ると、さっきのエスティマの前に、、、、

いやだなぁ、、、と思っていると、凄い勢いで後ろに接近。

Estima001

この状態で車間距離は2mも無い。
さらに、信号が赤になったので徐行していると、、、

Estima002

今度は車間距離で50cmも無いだろう、、、、

右に左に進路変更して渋滞の隙間を70km/hで走っても先を読めなければ、そうなる。
そうなるのは自業自得だけど、それで煽り入れるのはやめてほしい。

煽り運転虫の昆虫採集するなら、リアドラレコがグッド。

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今時の芸人、芸能人

基本的に高齢化が進み、ジャンル外への進出が著しい。
アイドルと一言で言っても様々だけど、個人的には例えば女性アイドルが可愛らしい格好でテレビに出るならば、年齢的には22歳が限界かな?という気もするし、男性アイドルがアイドルとして通用するのも、いくら歳を取っても30歳未満かな?という気もするけど、現実は違う。女性アイドルなら30歳でもOKな感じだし、男性アイドルなら40歳越えも普通。
感覚的には70年代、80年代当時からみれば10歳は高齢化しているような気もする。

女性アイドルといえば、山口百恵さん、ピンクレディー、キャンディーズ辺りをイメージするけど、あの辺りで引退、解散したのは、20代前半であり、活動期間はそれ程長くないけど、印象は鮮烈に残っているように思う。
個人的な感想としては、昔のアイドル、芸能人というのは天性の才能の持ち主、現代のそれは、必要なスキルを徹底的に叩き込んで作り上げられた人という印象である。
これが、活躍する年代に大きな違いを生んでいる要因のような気もする。
昔は天性故に既に競争力を持って売れる要素を持っているので若年時から闘える人、今は鍛えるために時間が必要で完成しなければ登場出来ないので、自ずと高年齢化しているのかもしれない。

最近は芸人、芸能人の不祥事、事件が少なく無いけど、普通に考えると何故に?というような事件も少なく無い。ただ、よくよく考えれば、一般社会で一般常識を身に付けたり、教育機関で一般教養を身に付けるべき時期に、そういう世界でそういう過ごし方をしていない人の方が多いようにも思う。本来、そういう時期において芸や歌のスキルの修得に全てをつぎ込んでいたとすれば、本来なら気付くべき事を気付く能力が育まれていない可能性もあるし、そういう環境故に、普通なら問題になる事に対する配慮不足であったり、甘えや奢りの意識が生まれていても不思議ではない。
様々な不祥事の原因に、酒を挙げている人もいるけど、そんなのも理由にはならない。

今のように、高い年齢になってもアイドル業が続けられる時代ならば、その年齢において本来身に付いて修得すべき観念や常識、風習を身に付ける必要があるようにも思う。少なくとも、公共の電波で影響力の高い存在であるならば、アイドル=憧れの対象であり、その対象として相応しい常識力を身に付けておくべき必要性があるようにも思う。

本来、若年時においては教育を受けて成長するものだけど、若年期に歌や芸の習熟、修得に全てを捧げるような生活をしていたならば、もしかしたら、その時期に身に付けるべき知識や常識が欠落している可能性も否定出来ない。本来、義務教育後の高等教育、大学教育において知識や常識を身に付け、社会にでるための体験的経験を積むのが多くの人の歩む道だけれども、そういう段階を通っていないのであれば、芸や歌が習熟出来たことで、それ以外の何かを忘れている可能性だって否定出来ないように思う。

三十路、不惑になってもアイドルという憧れられる存在であるならば、多くの人が身に付けてきた社会通念、一般常識、一般教養くらいは最低限身に付けて、問題を起こさず身を律することが出来る抑制力が無ければならないのでは無いだろうか?

別に芸人、芸能人の活動に年齢制限が必要とは思わないが、少なくとも、年齢、世代に応じた常識力、一般通念、一般常識は身に付けるべきであり、今の時代ならば、若い世代から素材として育てる側の企業も、育てている人材に教育を受けさせるべきのようにも思う。

今の時代、例えば高校入試等ではスポーツに長けていれば勉強は程々で入試合格!なんて高校も少なく無い。まぁ、高校の知名度を上げればOKなのかもしれないが、その制度に乗っかって高校生活を過ごした人の多くは、本業たる勉学が疎かとなる場合も少なく無い。高校入試こそ、そこそこの特技でクリアできても、大学入試となると、少々のレベルでは推薦を受けて合格には至らない。特技を以て、それで次のステップに進めるというのは極僅かであり、逆に言えば、そうでない人の多くは、その特技たるスポーツ等では人よりも優れるかも知れないが、それ以外の部分で身に付けるべき知識や常識が欠けている場合も少なく無い。

人間の多様性の面で考えれば、色んな人が居るのが社会であり個性であるというのは理解できるけど、成人に達するまでに受けるべき教育には知識、常識、人格形成、社会経験の修得というモノも含まれており、それらを受けるのが高校、大学教育でもある。

そういう知識、常識の修得と社会経験を積んだ上での人格形成というのは、成人後に生きていく上では不可欠な要素なのは間違いないものである。そういう大事なモノを身に付けるべき時期に、それ以外のモノの修得に全てを捧げていたとすれば、そういうモノが欠落しているというのは仕方ないことかも知れないが、それが理由で、理不尽な事件や事故が起きているので有れば、今一度、社会において、世代毎にすべき事は何か?というのを考え直す時期に来ているような気もする。

芸能人の不祥事等を聞くと、根底に奢り、傲慢の意識が見え隠れするようにも思う。今話題の煽り運転にしても、それを行いたい衝動は理解出来るけど、度を越す行動がどんな結末に到るか?を考えれば、通常は自制が働くモノだけど、それが通用しないというのは、常識や法律よりも自分の衝動が上回る生活が染みついているからに他ならない。
組織や社会で過ごす上での調和や自制といった意識があれば、しょうもない事が事件化するというのは考えられないものである。

正直、義務教育というのは中学迄だけど、人格形成が未熟な十代では、常識、知識、社会経験を積みながらの人格形成にもっと重きを置いた仕組みを社会に根付かせる必要があるような気がする。

話は変わるが、最近はニュース、ワイドショーに限らず色んな番組のMCで芸人さんを見掛ける事が多いけど、個人的には、ニュース等を伝える番組では、伝えるべき情報が発生している世界の常識を等しい高さの目線で冷静に見て、的確な意見が言えるような人選の方が有り難い気がする。ニュース番組等でNHKが面白いのは、やはり、その道のプロたるアナウンサー、解説委員の方々が、その目線で的確に論じているように見えるからだ。話術的、或いは、話の振り的には芸人のスキルは上手いのだろうけど、情報番組では、振りよりも話の方に価値がある筈であり、それよりも目線や知識の方が大事のように思う。
80年代を振り返れば、ニュース、報道番組の司会者構成は、今とは明らかに違っているように思う。

スポーツ番組等々の解説、コメンテーターでも、可能ならば、その世界の経験者、第一人者の人の声や解説は有り難いけど、同じファン目線でギャーギャー騒ぐだけの話は、正直ウザイだけである。

影響力のあるメディアに登場する人に望むのは、やはり手本となるべき知識や常識を身に付け、その上での情報発信を期待したいし、情報を伝えるのであれば、その情報の発生する世界と同じ目線であったり、その世界で経験してきた専門的な目線で情報を伝えて欲しいように思う。

その為には、少なくとも伝える側は、年代に応じて、その年代で身に付けているであろう知識、常識、社会通念をしっかり身に付けて、相応しい人格を持った人であって欲しいような気がする。

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描きにくいデザイン

我が家のバイク、古い順にCX、ガンマ、SV、BTとある。
デザインを見ると、時代順に新しくなっているような印象だ。
CXのデザインは、立体を形成する上で平面を組み合わせエッジで繋ぐ構成。箱形の延長形状となっており、一目見ただけで、記憶を辿って紙に書き写すことが可能。判りやすい形である。
ガンマのデザインもCXと同じ方向性。基本は平面を組み合わせエッジで繋いでいる。フェアリング等に曲面が用いられていても、極端な三次曲面ではなく、基本的には平面を湾曲させた程度の二次曲面故に、やはり一目見ただけで、紙に書き写すのは難しくない。

しかし、SVからは少々勝手が違う。SVはカラーリングラインナップも初期モデルは単色であり、単色であっても形状から個性が生まれるデザインである。90年代後半において、SVのような曲面形状のデザインのモデルは少数派で、同系のTL1000Sくらいしか思い付かない。デザイン的には、単色でも映えるという意味では優れたデザインだと思う。
このSVは、実車を見ながらであれば紙に書き写すことは可能だけど、記憶のみで正確に形状を紙に書き戻すのは一寸難しい。

更に、時代が進んだ2000年代以降、それもイタリア産のBT1100では、SV以上に立体的な造形が強調されたデザインである。BTのデザインを見るとSVの立体造形さえも薄っぺらく平面的に見えてしまう。それ程にBTは曲面中心でありながら抑揚に富んだデザインと言える。抑揚に富んでいるがために、記憶に基づいて紙に書き写す事は可能だけど、書き写すことが出来るのは、特定の一方向からの絵に留まる。三次元的に色んな方向から見て形状が頭に思い浮かぶか?というと、正直、難しいという印象である。

時代の流れで、デザインの変化が見て取れるけど、初期のモデルは非常に判りやすいデザインである。図面に書き写しやすく、製作用の金型も作りやすそうなデザインといえる。しかし、時代が進むに連れて、形状を二次元図面に落とすことは難しい印象である。

ベーシックさで言えばCXが一番判りやすい形状だけど、デザイン的に一番進んでいると思うのはBTのデザインである。

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CB250R

Ninja250SLの中止で、本格的なライトウエイトスポーツが途切れるか?と思いながら見ていて見付けたのが、CB250Rだ。
スペック的に大した差ではないけど、期待の一台。
Z250/Ninja250SLは車重で148~151kg、出力29PSということだけど、CB250Rでは車重が143kg、出力31PSとのこと。
新しい排ガス規制に対応しつつ、重量で5kg減、出力で2PSアップだそうだ。まぁ、誤差みたいなもんだけど、新車で購入出来る選択肢が登場ということ。

因みに、250ccクラスのライトウエイトスポーツの先駆けといえば、CB250RSだ。これは、125kgの重量に25PSのXL250Sのエンジンを搭載したライトスポーツだ。125kgというのは乾燥重量、今時の装備重量に換算すると140kgに満たない重量。これが想像以上の走りだったのは記憶に鮮明。この後、セル付きのCB250RS-Zに進化し、後追いのSRX250が登場、それからNZ250、CS250、CBX250RS/Sが登場した訳だ。

その後、シングルといえばグースが登場したけど、こちらは350ccのスケールダウンで残念ながら重たかったモノ。軽量マシンの系譜としては、Ninja250SLが久々の登場。そして、最新がCB250Rとのこと。

恐らく、買う事はないだろうけど、軽二輪クラスの中では一番気になる存在である。

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後乗りでヒルクライム

ヒルクライムでは、斜度が大きい程、シート角が寝る。一般的なロードバイクのシート角は74°程。10%斜度となると、シート角の実効値は70°未満となる。こんな状況で、シート角を修正するために前乗りにすると、上体が縮こまらざるを得ない。
それよりも、ハンドルのグリップ位置をレバー部からステムクランプ部近辺に持ち替えて、シート角を修正するよりも、更にシート角実効値を寝かせるポジションを取る方が、少なくとも、上体の纏まりは優れる。
この後乗りを基本として、所謂、クランクフォワードバイクのペダリングを行うのが一番合理的。
最近、ヒルクライムはずっと、この方法。乗り方を変えることなく、一定のペースでずっと走れる。

昨年の夏以来、ヒルクライムを行って試行錯誤を続けた結果の到達点。

因みに、一般的にリカンベントバイク的な乗り物は上り坂が苦手、、、って言われているけど、こういう考え方に従ったペダリングを行えば、少なくともセミリカンベントと言われるようなクランクフォワードバイクでは上り坂は結構快適。

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2018年4月25日 (水)

シン・ゴジラの尻尾

映画館で視聴した時は殆ど気付かなかったけど、地上波で放送されていたのを録画して、その録画を見ていて気付いたのは、ラストシーンのゴジラが凍結後の尻尾の先端の造形。

人間のような骨格にゴジラっぽい背びれが付いた骨格が複数存在している様。一見、エイリアンにも見える造形の存在。この映像は、録画を見て初めて自覚した次第。

あれって、何だったんだろう?

途中、映画のシーンで肉片が落下しきたシーンがあり、その肉片から増殖するというストーリーが組み込まれていたことから考えると、ゴジラから見ると小さな個体である人間から複数の攻撃を受けて劣性に立たされる状況に応じた次の変態への示唆を表していたのかも知れない。巨大な生命体から、小型ながら多数の生命体に移行する事を予見しているようにも見える。

小型の人型ゴジラへの分割増殖への示唆が最後のシーンに込められていたのかもしれない。

ただ、シン・ゴジラでは続編は作られないということなので、この先がどうか?というのは全く不明。

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常時点灯

単車のヘッドライトが常時点灯化されて久しい。過去の愛車を振り返って見ると、常時点灯の車両は、今は手放したグース250、ガンマ200、今も手元にあるSV650S、BT1100がそうだ。
これらの中で、BT1100については、常時点灯であってもエンジンが始動するまではヘッドライトは点灯していない。エンジン始動後に転倒する仕様。それ以外はキーオンでヘッドライトも転倒する仕様である。

余談だけど、BT1100は前期型はライトのON/OFFスイッチが付いているそうだ。また、2000年代に輸入された中国生産のOEMバイクであるGN125等もライトのON/OFFスイッチは付いているという。このような車両を国内で乗る場合、法制的にはライトスイッチをON位置で固定させないとアウトになる。

そんな常時点灯だけど、切っ掛けはいつか?というと、1989年頃、のりピーの『バイクは昼間もライトオン!』キャンペーンからだろう。その後、1998年に保安基準改正で義務化されたものだが、実質的な市販車の常時点灯化は、保安基準改正前の1990年代初頭から浸透していた。

ただ、ヘッドライトの常時点灯が果たして効果的か?というと、日中のライト点灯による被視認性アップの効果というと、それほど期待出来ないようにも思う。寧ろ、薄暮時における点灯遅れ防止に効果的という風な印象である。個人的には、小さなバッテリー、小さな発電機という構成から考えると、出きれば常時点灯では無い方が良いような印象である。ヘッドライトといえば、今時ではLEDとかHIDとか、そういうのが少なく無いけど、個人的にはハロゲンが一番好み。正直、LEDライトが明るいとも思えない。ただ、そんなハロゲンライトは付けっぱなしは確実に消耗するもの。そう考えると、必要な時にライトを付けるというのがベストなようにも思う。

最近、夜中に自転車に乗っていると、明らかにヘッドライトの玉切れっぽくライトが点いていないスクーターとかを見掛ける事が少なく無いけど、あれって、常時点灯でバルブの寿命で切れて、そのまんまという状態なんだろうと思う。

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カスタム車の良否判定

車両購入時、特に単車購入時において気にするポイントは、基本はノーマルか否か?というところ。
自分的には、カスタム車のカスタム査定については、必ずしもアップ査定にはならない。
アップ査定となるのは、基本はノーマルパーツがあるかどうか?が重要。ノーマルパーツが完備された状態で、可逆的に標準状態に戻せるならばアップ査定。それ以外はマイナス査定である。
ノーマルパーツレスな状態でも、マイナス査定にならないのは、基本要素が可逆的な変更に留まり、変更パーツが純正オプションもしくはメーカー関連サプライヤーの準純正オプションの場合のみ。汎用度の高いサードパーティ製を用いたカスタムはマイナス査定である。

これは、小さなパーツでも然りである。ハンドルグリップ、バーエンド、ウインカー、、、、そんな小さなパーツでも基本は純正至上主義だ。

最近ありがちなのが、何でもかんでもフェンダーレス、、、、これ、一番最悪。純正パーツが完備されていれば即戻す。中には、リアフレーム加工したような大NG車両もある。ノーマルパーツのフェンダー部を安直にカットしたようなのもNGだ。こういうのは最悪である。

特にレア車で、そういうカスタムが施されているのは、パーツの調達で難儀するので特に敬遠したい。

BTもまさかのインナートレーが欠品していて探すのに苦労した。最近、通販で見掛けた一見程度の良さそうなBTも、リアフェンダーがカットされていて有り得ない印象を持ったけど、こういうレア車程、純正パーツが大事。

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バブル崩壊期と現代のマツダ車

最近のマツダ車を否定的に見る意見の多くは、今のマツダ車はバブル期と同じで、皆同じ、、、、という論調。
でも、実は全く違う。

バブル期のマツダ車の特徴は、、、、ハード的に全く同じと言えるような車の表面デザインを変更して多車種化していた。

ペルソナとユーノス300、アスティナとユーノス100、センティアとMS-9、クロノスとMS-6とクレフと敢えて加えればユーノス500のような感じ。
外板、サイズが大きくちがって、内装まで違えば、まぁ違うと言えるかもしれないけど、多くはグリルのバッヂ変更のみ。基本、同じカテゴリーで同じ値段帯の車ばかり。クレフとかユーノス500は外板が違うからマシともいえるけど、基本的なセグメントは一緒。室内は一緒。

それに対して、今のマツダ車は、デザインの方向性は同じだけど、車自体は、値段帯、サイズ、カテゴリーが全く違う。デザインに方向性を与えるという意味では、BMW、メルセデス、アルファロメオ、国産ならレクサス等と同じ考え方。

という訳で、現代のマツダ車の方向性とバブル期のそれとは、全く違う。

つまり、過去の失敗はデザインを小手先で変えても、セグメント、カテゴリー、値段帯、、、これが同じだと結局競合するのでダメと言う事。これに気付いたので、今の方向性が生まれたのだろう。

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2018年4月24日 (火)

空冷車

今時の単車、殆ど水冷エンジンだ。我が家でも水冷車が多い。年式的に一番古いCXも水冷、今の所有車で一番昔に買ったガンマも水冷である。
水冷車といえば、ラジエターが必須。中に水が入っていれば安定した温度管理が為されているけど、水冷車の場合、そのためのメカニズムが追加されており、水漏れ等々のリスクが当然生まれてくる。
構造的にも、水冷系統の分だけ複雑になっているのは確かである。

こういうメカニズムは古くなればなる程、不安点として気になってくる。メカニズム的にシンプルなモノ程、古いモノの場合は信頼感が高まるのも事実。

我が家のモデルは、基本、古いモノばかりである。そういう古いモノで信頼出来るというと、空冷車。そんな空冷車は?というと、AV50とBT1100だ。

こちらの空冷車、空冷で困ったことが有るか?というと、一度もない。空冷車、、、、機械として、何か好きである。

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やはり、装備は、、、

そう言えば、インスタグラマーでバイクに乗るセクシーな女性が亡くなったというニュースが随分前に流れていた。これが非常に有名なライダーで、スタントをするという話で、その映像を見た事があるけど、二輪車を乗るのに適切とは言えない装備が、一般的に受けていたのだろう。因みに、どんなスタントをするのか?と興味を持ち、もしかしてエクストリーム系ライディングを自在に行う強者?と思っていたけど、見る限りは、スタントとは言えないライディングで、コスチュームと態度というか姿勢が挑発的という部分が印象的なモノばかりだったように思う。

彼女が事故で亡くなったとの事は、非常に残念だけど、アップされている画像のような衣装で転倒したら、普通の転倒でも致命的なダメージを受けるのでは?というのが偽らざる感想。

まぁ、プロライダーで職業としているライダーが、然るべき場所で、行うのは素晴らしいと思うけど、そうでない人が、万が一の事態で、無関係の人に影響が及ぶような場所で行うのは、考え物である。

普通に走っていても、転倒は、不意に突然やってくる。そんな転倒で、即死亡とか、即致命傷とか、そういう重大な事態に陥らないように、取れる防衛策はやはり必要。

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Zの定義

Z900RS、注目度も高く、個人的にも興味のある一台。
しかし、今一番興味があるカワサキ車といえば、実はZ900RSではなくZR-7ってモデル。
これ、カワサキの空冷4発を搭載しながら究極の不人気車。
どんなモデルか?といえば、登場時の時代の解釈で、その時代のスタンダードデザインに、その時代における信頼のメカニズムで、伝統の空冷4気筒エンジンを搭載したモデル。

Z900RSと較べてみると、デザインはZR-7が新しく、Z900RSがレトロ調。心臓部たるエンジンはZR-7が伝統の空冷4発、Z900RSはZ900系水冷エンジン。

そして、人気はZ900RSの方が上。

カワサキ4気筒の人気っていうのは、4気筒エンジンであれば、空冷でも水冷でも良いのかも知れない。それよりも、デザインがZ1/Z2~FXの時代のスタイルを持っているかどうか?が鍵なのかもしれない。

ゼファーシリーズは、Zデザイン+空冷エンジンで人気だったけど、ZRXも水冷エンジンながらZデザインで人気。この度のZ900RSも水冷エンジンに加えシャーシ類も新世代だけどZデザインだから人気なのかもしれない。

Zの人気というのは、実は空冷4発ではなく、Z1/Z2~FX、J系のデザインなのかもしれない。この系統のデザインはZ発祥のデザイン。似たようなエッセンスでXJR、CB-SF、GSX等が登場しても、やはり、これ系のデザインはZが本物という印象が強い。これ系のデザインを定義したZが最初にありきで、Zという名前に伝統のZデザインがあれば人気を得るということだろう。

でも、Zといえば、伝統の空冷4発という風に考える人からすれば、ZR-7/Sのような存在は結構狙い目。

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2018年4月23日 (月)

スイッチボックス修理

本日、BT1100で徘徊中、ウインカースイッチの節度感が怪しい、、、、
この節度感、SV、CX、ガンマと違って、元々少々怪しいのである。

最初はスイッチボックスがダイキャスト製で、イタリア製独特のタッチか?とおもっていたのだけど、どうもスイッチの感度、節度感共に怪しい。

ということで、スイッチボックスをバラしてみました。

すると、、、、プッシュキャンセルスイッチのリターンスプリングが腐ってます。更に、ウインカー位置で導通する接点が微妙に接触不良。

ということで、スプリングを他の単車のスイッチボックススペアから拝借。接点部分を磨いてコンタクトクリーナーを塗布。入荷して固まったグリスを取り除いてシリコングリスを入れて組み立ててみた。

すると、、、、他の単車と同じ様な節度感、、、、

要は、スイッチボックス内の汚れが原因だったのかも、、、、

少しずつ、整備が進んでいきます。

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メイド・イン・USA

先の表題のスプレー、アメリカ製である。
日本国内に流通する製品といえば、日本製、中国等のローコスト生産が可能な製品、アメリカ等の割高な製品が多い。
無難なのが日本製。安くもないけど、高すぎる訳でもない。価格に見合った効果が得られる製品が多い。
メイド・イン・チャイナ等では、一般にチープ。一目見ただけで、大丈夫?的な事も、、、機能面でも、取り敢えず使えない事はないというレベルで、超高性能!ってモノではない。
メイド・イン・USA等では、割高感がある。割高故に購入する事は稀。購入すると、割高故に相当の効果を期待するけど、どちらかというとコストパフォーマンス的には日本製に及ばないと判断するものが多い。
しかし、稀に、割高だけど非常に満足度の高い製品に巡り会う事がある。

特に、用途毎に持っている使い方の先入観を覆すように使え、効果が抜群という場合に遭遇すると、満足度は非常に高くなる。

こういうモノに巡り会うのは99%が西洋先進国の製品。日本製では、まず遭遇しない。

やはり、真の先進国というのは、こういう常識を超越した製品が生み出される国なのかもしれない。

安かろう悪かろう、値段なり、、、、これではダメ。値段は別として、常識を越える製品、、、これが大事。

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水無し洗車スプレー

去年、一時期出入りしようか?と思っていたショップで調達したのが、汚れ取り+艶出しコーティング剤。基本は単車の汚れ取りに使っていたけど、殆ど付き合いで買ったようなモノで、実は存在は殆ど意識していなかった。

で、年末に郊外のショッピングモールで目に付いたのが、水無し洗車が可能というモノ。
実演中だったので、チェックしてみる。これ、スプレー式で車のボディ、ガラスに吹き付けた後に伸ばしてから拭き取るだけのもの。少々の汚れなら、そのまま処置OKというものだそうだ。で、それを見て思い出したのが、昨年購入したスプレー式の汚れ取り+艶出しコーティング剤だ。

で、記憶を辿ると、昨年購入したのは、直径4cm、高さ15cm程の缶で2000円程だったような記憶があるけど、今回のは直径8cm、高さ20cm程の缶で2300円程。一缶で小型車4回分程度との話。

で、車に試験施工ということなんでチェックして貰ってみた。因みに、車の洗車は前回は夏。車体全体に相当なダストが付着して、水垢バンバンの状態。
これにスプレーで薬剤を点付け、そして、ウエスで塗り伸ばした後に、ウエスでサッと拭き取る。

すると、、、、ダストは勿論だけど、水垢が驚く程綺麗に除去されて、表面はワックス皮膜が綺麗に乗っている。

ということで、購入してみた。まぁ、単車、自転車等の清掃にも使えそうということで、奮発して5缶購入してみた。

自宅に帰って、早速、車に施工。そして、ボディパネル毎にスプレー+拭き取りの作業。所要時間は15分で、驚く程に綺麗な仕上がり。これまで、中性洗剤で水洗洗車した後に水分を拭き取ってコーティングワックス剤を塗り込んでいたけど、これに要していた時間は2時間弱だったのが1/8~1/10の時間で終了である。手間と仕上がりを見ると、これまでの作業がバカみたいとも言える。

因みに、この水無し洗車スプレー、商品名は『FW1ワックス』とのことで、帰ってネット検索してみると有名な商品。無くなればアマゾン等で入手可能。

なお、ボディへ傷を付けないためには、塗り込み、拭き取りに使うウエスは、マイクロファイバーウエスを使う。今回は、スプレー5本+マイクロファイバーウエス9枚+スプレーヘッド2個で購入。

普通、洗車っていうと年末に行う事が多い。夏と冬なら、汚れが進む冬の方が多い。そういう時は、水を使わない水無し洗車スプレーは結構お奨め。短時間の作業で、ソコソコ綺麗に仕上がる。欲言えば、、、、スプレー一本は1500円程度だと、なお嬉しい。

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2018年4月22日 (日)

モンキー125、、、、

原付モンキーが生産終了、、、、長いモンキーの歴史が幕を閉じる。

で、次期モデルとして公開されているのがモンキー125、、、、、これはモンキーか?

ゴリラというよりも、サイズ感からすればキングコング、、、、そんな感じ。

正直、スーパーカブが50ccで継続しているので、モンキーも50ccで登場させて欲しいような気がする。

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飛び石

自転車で夜間にヒルクライムを行っている。当然、ダウンヒルもある。このダウンヒルコース、結構、小石、落葉、小枝が落ちている。夜間走行では、自車の灯火のみが頼り。それで確認するのは、ウエット路面を避ける。マンホール、グレーチングで車体が傾かないようなライン取りに注意ということになる。

それ以外の障害物は殆ど見えない。障害物というのは、小石だ。

高圧タイヤで小石を踏むと、車体に感覚が伝わり、その瞬間に小石が両サイドに弾かれるように跳んでいくのが判る。

横に車でも居れば、ボディにぶつかる音は結構派手な音である。

因みに、小石を弾くのは、ロードバイクの時だけだ。自動二輪、四輪で小石を踏んでも弾くようには飛んでいかない。

弾かれた小石でトラブルに遭遇した事はないけど、これって、万が一にはトラブルの原因になる可能性も否定出来ない。

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何時まで働く?

最近、シニア世代を積極活用!ってフレーズを良く聞く。
一方で、正規雇用されない若年層の話、高齢の親の年金と無職の子の7040問題の話を聞いたりもする。
先述したシニア世代の積極雇用では、本人が希望すれば60歳を過ぎて70歳でも80歳でも雇用するという話を聞いたりする。

ただ、冷静に考えても、労働を希望するシニア世代全てを雇用するっていうのは、果たして正しいのか?という気がしないでもない。

基本的に、労働人口には若年層から高齢者迄幅広い年齢層がある。この中で若年で社会の入口に立つ層と、一通りの労働経験を下手高齢者層とでは、担うべき職務には違いがあるべきだとおもう。

色んな仕事を覚えて、仕事の質が変わっていく。そして、職務が順繰りに変わっていくのが普通だけど、行ってみれば、そのようにシフトして順送りされる職務というのは、個人特有のスキルへの依存度は低いモノ。言い換えれば、誰でも出来るモノ。誰でも出来る仕事っていうのは、本来、本質的には、これから社会に出て仕事を始める人が担うべきモノである。

そういう種類の職務を、高齢者がこなすのも可能だけど、そういう職務は、社会に出ていない層に担わせるのが正しいように思う。

リタイヤ世代の社会参加は大切だけど、現役を退いた後においても社会参加すべきは、個人依存度が高く、代わりが務まらないような特別なスキルを持った人のみが、育成を兼ねてシニアとなった後でも職務を担うというのが自然の姿のように思える。
リタイヤ後に、時間を持て余して社会とつながるためとか、言いにくいけど、職務に限らず生活のためというだけで、人を選ばない職務に携わり続けるというのは、社会に出たくても出る事が叶わない若年世代の雇用のチャンスを奪っているような気がする。

個人が固有に作り上げた技術力を持っていたりして、それを普及させるために担い手が居ないという場合は、年齢は関係無しに職務を任務として果たすのは理解できるが、そうでないのであれば、代替わりで次の世代に職務を引き継いでいくというのが社会的には正しい考え方のように思ったりする。

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