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2020年1月30日 (木)

二輪車には若さが、、、

単車、自転車、どっちも二輪車。特に自転車は健康増進に効果的ということで長くブームが続いている。自転車に乗ると心肺機能が鍛えられ、ダイエットにも効果的と言われているけど、それ以前に止める人が少なく無い。理由は、お尻が痛い、腰が痛い、首が痛い、手首が痛い、膝が痛い、、、、である。
これ、単車で80年代ブームのライダーがリターンするものの再びサヨナラする理由に近い。リターンライダーが再び去るのは、首が痛い、腰が痛い、重たい、、、、という理由だ。

結局、二輪車を楽しむために必要なのは何か?

それは、、、二輪車の乗り手の体力、、、、これに尽きると思う。

乗り手の体力っていうのは、乗り方に非ずである。乗り方に拘りがあったとしても体力が無いと話にならない。乗り方、見え方、格好、、、それだけでは、あまり意味がない。見た目というかフォームというのは、二輪車の状態に応じた適応というのがある。フォームへの意識先行が強すぎると、二輪車の状態とミスマッチするけど、そうなると逆に粋がっているように見えたり、勘違いしているような違和感を撒き散らすのがオチだ。

扱う二輪車の状態にマッチした状態を自然に作っているというのが大事といえる。つまり、リラックス出来ているということである。リラックスというのは、要らぬ所に力が入っていないということである。猫背を意識していると、そのために肩や脇に力が入ってしまうと逆に違和感を伝えかねない。リラックスというのは如何に力が抜けるか?ということ。
力が抜けるということは、力が入りそうな部分に力を入れないで済むモノが備わっていなければならないということ。

それは何か?

それは、、、二輪車においては上体を支える体幹の強さのように個人的には思っている。

体幹が強いから、上体を無理なく支える事が出来る。それ故に、変な猫背は不要だし、腕が上がったり、脇が開いたりも無くなってくる。体幹が強いから背骨がキープ出来るから頭の角度も保たれる。つまり、首が痛くなったりしないし、首が無意味に傾いたりしなくなる訳だ。

この体幹の強さっていうのは、恐らく不惑40代迄は、余程の不摂生の肥満体型、腰痛持ちで無ければ備わっているものだろう。今時の若者なら多分問題無いだろう。

しかし、生活習慣病、糖尿病罹患の不惑オーバー世代、知命50代、還暦オーバー世代となると、国民健康調査によると殆どが腰痛持ち、肥満体型。痩せ形でも内臓脂肪型で筋肉が落ちたような人ばかりである。そういう世代は、自転車において前傾姿勢のロードバイク、ピストバイクでは身体が保たなかったり、単車においても身体を使うのが大前提のスポーツバイクでは、見た目の猫背乗り程度しか出来ないような身体になっている可能性が高い。

自転車、単車といった二輪車、特に、或る程度のスポーツ要素が含まれた二輪車を乗るには、身体がソコソコの若さを保っていなければ厳しいような気がする。

これは、自身がブログを始めた2003年頃当時、会社の後輩で当時20代でカジバ・ラプター1000に乗る人とツーリングに出かけた時、SV650Sで走った時に、峠で身体の動かない具合に愕然として、身体を鍛えようと思った時の意見と全く変わっていない。

自身、バイク好き、峠好きだけど、冷静に考えて加齢に応じてオッサンライディングになっているのは事実。肉体的な衰えと、精神的なビビリミッターが双方作用していたのも事実。ただ、一番NGだと思ったのは、気分的には大丈夫でビビリミッターは未作動ながら、身体が悲鳴を上げて出来ないというのが一番格好悪いと思ったのが、その時だ。

身体が悲鳴を上げたのは、筋力低下に伴う体幹の衰え、贅肉による不自由である。

それで、足掛け15年以上掛けて贅肉を削ぎ落とし、筋肉量を十代以上に増やしてきた。

その結果、単車に乗って峠に出掛ける時、精神的なビビリミッターで攻める程度が抑えられているのが現状。肉体が戻っても、心のリミッターが効いているから、今現在、峠入り浸り時代と同じ様に走れるはずが無い。勿論、肉体的な疲労感等は全くない。だが、年齢と共に無茶具合が変わるのは至って普通であり、これが今の自分の走りと思うし納得もしている。
勿論、体力回復の取り組みの成果は確かで、身体は全然大丈夫。事実、自転車ではビビリミッターが掛からない分、30代当時と同じ感覚で乗れている。50代になって日帰り300km走れる体力があれば全然問題無いだろう。

ただ、三十路30代を過ぎて不惑、知命と歳を重ねていくと、体力の衰えは不可避。気分が如何に走り屋だったり、若かったりしても、身体の衰えを受け入れないとダメ。身体が衰えているのを理解して、それに抗って体力を保たないと、自分の頭で描いた形は保てないモノである。

人間、誰しも年老いていく。何時までも昔の残像で主張を繰り返しているだけだと、傍目には単なる老害で、古臭い頑固な奴にしか見えない。言葉というのは実態とリンクして初めて受け入れられるモノである。言葉で拘りを表現するならば、実態が伴う何某かの取り組みが必要なように思う。

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