要か?不要か?
コロナ騒動で、至る所にアルコール消毒液、そしてマスク、最近では外で運動でもマスク無いと迷惑、危険という著名人の意見の報道。
ただ、個人的には無闇に手で顔を触らなければ、特に問題無いと思っている。マスク自体は、咳き込む人以外は不要だと思うし、ましてや、ランニング、ジョギング等の外運動でマスク何ぞ不要だと思う。
ただ、世間の空気感と同調圧力に、無理して抗って過ごそうとも思わない。面倒臭い。許容範囲内なら、それに従うも別に気にしない。
外で店舗等に入るなら、その時だけでもマスクは着用するし、外運動、自分の場合、4時台、5時台のピストバイクでの走行時も他人が視野に入ればマスク等で口元を覆う。
そういう空気感が多数派ならば、それに従うのは気にしないし、従っても良いというか、従う方が良いとも思う。まぁ、典型的な日本人ということだろう。
これは、メディアで露出する著名人のコメントに対しても思う。世の中の空気感に抗うコメントは芸人、タレント、評論家、起業家から聞くけど、敢えて言う必要も無いと思う。全体の空気感と違った意見を持つのは良いけど、それを発信する必要も感じない。
個人的には、ホリエモンとか、三浦瑠麗さんの意見は尤もだと思うけど、別に世の中の空気感を乱す必要性も感じない。敢えて言う必要があるか?という一点に於いて、今そこで言う?という気がする。
自分の意見が世間の行動一般と違っても構わない。ただ、ポリシーを折り曲げず浮いた行動を行うくらいなら、容認できるなら周りと併せる事も必要な気もする。
パチンコ店の店名公表反対は正論だけど、敢えて正論を影響力がある人が言う必要も無い気がするし、ホリエモンの色んな意見も正論だけど、然り。
ただ、こういう正論が或る程度発信されるってのは、世の中が同調圧力に屈して一色になる事は不健全という事を気付かせるという意味で、現象的には正しいとも言える。
こういう正論を述べる人、或いは、世の中の空気感に乗って同調圧力を強制する意見をする人、どちらも大丈夫な人だろう。リスク判定を自分で考えて行っているから大丈夫。
一番大丈夫で無い人ってのは、ノーテンキに体調不良を気にせず遊び回って感染拡大の起点となるような大学生だとか、解熱剤服用で各地を飛び回って飲食した揚げ句、体調不良になって騒ぎ出す奴だとか、そういう連中だろう。
常識的な配慮と、リスク検知して行動を律せられるならOKだけど、リスクに無神経で、感染核となるような行動をする連中。ただ、こういう連中はメディアの意見も見ないし、どうにもならない。
しかし、バカ学生とかが一定量存在するってのが、現代日本の社会の姿、まぁ、受け入れるしかないのかも知れない。
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