2021年4月19日 (月)

高齢者問題

これが色んな分野に影響を及ぼしている。介護疲れが原因の家族間による嘱託殺人、高齢者の運転免許問題、交通事故問題、年金財源不足の問題、、、、、
色々考えると、高コストを掛けて社会で高齢者の生活を負担しているというのが問題の根源のようにも思える。

今の時代、35歳になると健康診断受診を進める。早期発見早期治療で早く直す!というのが基本。こういう体制と医療技術の進歩、民衆の意識の変化によって日本人の平均寿命は飛躍的に延びている。今や男性で80歳、女性で85歳近辺である。しかし、70年代、80年代といえば70歳前後、更に遡れば50代、60代である。
この平均寿命が伸びた理由というのは、医療技術の進歩、介護の普及の賜物といってよい。

しかし、寿命が延びる事によって、リタイヤした世代を支えるための年金支出は増加の一途を辿っている。社会の人口構成の中で高齢者比率が増加する程に、それを支える世代の負担は増加する。社会自体を維持するためのコストの増加は歯止めが利かない状態である。

平均寿命が延びたといっても健康な状態で生き続けている人というのは多いようで少ないのも事実。高齢者世代になると多くが病院に通っている。病院といえば老人の社交場であたり、リハビリ病院は通う人で満員御礼状態、介護型老人ホームは完全に不足、、、、そんな状態である。

こういう現状に対して、IMFは2030年には消費税を15%に、2040年には20%に増税すべきとの提言を発表、、、、

結局、社会が現在のままに進むと、それを維持するコストが増大するということである。増大するコストの原因は社会を構成する人工の高齢化、高齢人口の増大、生産年齢人口の減少が原因である。社会において生産性を生まない人口を支えるために、その財源の確保が不可欠ということである。

結局、医療費増大、高齢化社会を支えるためのインフラ改良が不可欠で、そのための財源を消費税で賄えという話である。

こういう現状を見て思うのは、健康診断なんて任意受診にして、早期発見早期治療を一般化させる必要は無いのでは?とも思う事も少なく無い。

何も気付かず生きて、不具合を感じた時には手遅れ、過度な治療、介護は無しで、昔の寿命に従って人生の幕を閉じる、、、これがベストかもしれない。
医療コスト、介護コストは無くなる。生産平均年齢も下がる。年金支出も抑えられる。言う事無しである。

不具合を感じるまで普通に生きて、気付いたら終了、、、、自分的にはこっちの方が良いように思う。

失われた健康、不健康状態の進行を強引に食い止め、薬漬けで延命する。最終的には生きているだけでも幸せという論理で介護しつくすのが正しいという道徳が果たして正義か?自然の摂理に当て嵌まっているのか?というと、これが必ずしも当て嵌まっていないから社会に歪みが発生して現役世代が多くの負担を背負い幸福感を味わえなくなっているのでは無いだろうか?

個人的には50歳で役職定年、55歳で定年退職、年金支給は60歳から、、、55歳から60歳は支払われる退職金を使って暮らせ、、、、健康診断を義務化、強制化するのではなく個人の自由意志に任せる。そして、過剰な介護等は行わない。命の火が消えるのを自然に任せるというのが正しいのでは無いだろうか?

そうすれば、過剰な医療体制が進んだ90年代以降とは異なり、80年代以前の平均寿命に戻るのでは無いだろうか?つまり、80歳を大きく超える平均寿命ではなく、70歳に届かない平均寿命に留まるだろう。そうすれば、支給すべき年金の期間も60歳からの10年となるし、高齢者の交通事故問題、介護問題等々の問題は無くなる。そうすれば、社会の支えるべきコストも抑える事が出来る。生産力を確保するために若年世代の社会参加が一段と高まる筈である。

新しい人が入れ代わる事で、技術革新も進むだろうし、思想の固着化という弊害も解消出来るはずだ。

正直、還暦すぎたら社会参加というよりもリタイヤ、、、そして、過剰介護、過剰医療を止めて、社会の代謝を高める方が良いように思う。

自身、自分の親に対しても思うし、自身も自分の子供に対しても思う。子供が成人するころには還暦になっている。その後、10年以内に人生の幕を閉じる、、、これも悪くないように思う。

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2021年4月11日 (日)

幸せな寿命

これは何歳?と考えると、、、以前も記事にしたけど、今時の健康診断を35歳から生活習慣病健診を詳しく受けるというのではなく、健診受診は程々に、病気が出たら、それなりに付き合い、強引な治療等を施すのではなく、流れに乗って幕を閉じるというのがベストのような気がする。
まぁ、寿命的には高度経済成長期的な1970年代頃、つまり70歳弱で寿命を迎えるというのがベストのような気がする。

検査をしなければ重大疾病も進行して痛みを感じて気付くパターン。気付くまではストレスなく生活出来ている。気付いたら手遅れ的かもしれないけど、それから数ヶ月で幕を閉じるというのは無駄が無い。寿命の中で残りの数ヶ月以外は気持ちよく過ごせる訳だ。

早期発見早期治療でストレスを少しずつ貯めながら85歳迄延命させられるとしても、生かされた15年の延長期間というのは、楽しめるか?というとそうでも無さそう。

医療に掛かるコストを考えたり、高齢者の生活環境等を整えるコスト等を考えると、強引な延命で高齢化社会をデフォルト化させるのは幸せとは違うように思う。

理想は55歳定年、70歳弱天寿で終了、、、これが人間としてベストな気もする。社会に掛ける負担、子や孫に掛ける負担も最小限で済む。これが85歳、90歳、100歳となると、周りに掛ける負担が一気に増大する。それは違うような気がする。

ぶっちゃけ、遺産相続的な問題も70歳程度で負担を与えないレベルなら相続もアリだろうけど、それ以上生きての遺産なんてものは、それを金銭として考えるのではなく、高齢者が、遺産となる財産を自分の余生維持に使って使い切るのが正しい在り方のようにも思う。
そういう問題も色んな形が社会の悩みの種になっている。

やはり、幸せな寿命というのは、長くても70歳、これで良いような気がする。そうすれば、高齢者運転のリスク問題も生じないし、一番良い。

昔の姥捨て山の話というのは、社会の健全性、つまり過剰負担の発生によって社会が衰えるのを防ぐための知恵とも言えそう。正直、70歳以上が居なくなれば、社会の活力、健全性は大幅に向上するように思える。そういう期限を付ければ、それに迫る世代というのは人生を楽しく過ごすようになるのでは?とも思う。

重い病に苦しむ人も、高度医療で過度な延命というのは果たして正解か?とも思う。余命の中で元気に活動出来る時間を精一杯生きて、静かに幕を閉じる、、、、これも、或る意味正解か?とも思う。

チョイ前は、健康管理に細心の注意を払い元気さを永遠に保ち生き続ける事を考えていたけど、老いというのは不可避である。どんなに注意しても最終的には衰えるモノ。そうであるならば、元気であるなるば良いけど、そうでないのであれば強引な延命によって生かし続ける社会というのは考え物のように、最近は特に思う事が多い。

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2021年4月 3日 (土)

長寿高齢化は正しいか?

医療技術、介護体制の充実によって社会の長寿高齢化が進んでいる。
これによって平均寿命は飛躍的に延びているけど、この年齢が伸びているのは、診断による早期発見、早期治療だったり、高度医療の発達に寄るところが大きい。

しかし、このような長寿高齢化というのは果たして正解か?というと、自身は必ずしもそう思わない。
等身大で考えると、早期発見早期治療で健康に留意して健康診断を受診する、、、これは正しいか?というと、最近は一寸違うような気もする。

健康診断は程々に、見付かった時は手遅れで終了、、、、極論すれば、それでも良いような気がする。昔なら55歳で定年、そして70歳前くらいで御臨終、、、、これが、神経質な医療体制の行き届く前の社会での常識である。人間の人生を考えると、20歳迄が社会貢献させるための投資時期、そして20~55歳くらいが社会貢献によって社会に生産力を与える時期、そして、それ以上は生命を維持させるコストが掛かり社会にとっては維持負担が掛かる時期、、、そう考えてもおかしくないのではないだろうか?

現代においては大規模自然災害、或いは、認知症云々と交通問題、貧富の差、世代間の差の確執による不幸な親族間の事件、、、、これらが少なく無いけど、この原因を冷静に見つめれば、社会を構成する世代の幅の広さ、特に高齢者世代の高齢度合だったりする。自然災害の被害者といえば、逃げ遅れだったり、そういう施設の被害が少なく無い。交通事故で自動運転云々というのは運転能力が無いのに運転させるために生じる不幸とも言える。世代間の確執問題といえば、価値観の違いによる祖父母世代と孫世代の意見の違いだったり、或いは、過度な高齢化による介護疲れ問題等が思い浮かぶけど、これは、医療技術、介護体制の過保護によって生まれたモノと言ってもおかしくないように思う。

最近、ふと思う。健康に気を付けるのは程々に、終わったら終わったで良いか?と思ったりする。また、自身が仮に長生きしたとしても、子供に面倒を見て貰うつもりも無いし、ヤバイ時期には財産全部処分して介護施設に入所して終了で良いかな?なんて事だったりする。

まぁ、何にしろ無理矢理、強引にあらゆる手を施して長生き、、、、それはしたくない。
長生きしたいけど、医療技術にどっぷり浸かってというのは違うなぁ、、、

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親の介護について

両親が健在、しかし高齢、、、そういう人は少なく無いと思う。
この場合、子供は如何に接するか?
これ、非常に難しい。

両親が健在の場合は、両親だけで住まわせるのが基本だけど、一方が亡くなるとどうすべきか?

その場面に直面していない時点では想像の域を出ないが、自分ならどうするだろうか?

個人的には自立の意志があって一人暮らしを望むなら、そうさせるだろうけど、介護が必要なレベルとなるとどうするだろうか?

恐らくだけど、基本は施設に預けるというのが基本になろうかと思う。

そのために必要な経費は、両親の財産から賄うというのが基本。そして、最終的には個人的には相続権は放棄したい。

勿論、その考えは自身が高齢となって残りが僅かになった時も同じ。最終的には全てを処分して、それで施設入所して終わり、、、、それが理想かと思ったりする。

まぁ、何にしろ、難しい問題である。

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2021年4月 2日 (金)

記憶力の活発さ

認知症というかボケというか、どうなると、そう言われるか?というと、結局は物覚えが悪化した時に言われる、、、、それがパターンである。

では、逆にいつ頃の状態が記憶力が抜群だったか?を考えてみる。

自身の場合、記憶力が抜群だったのは13~14歳だったように思う。この頃は、教科書を目で見ると、ほぼ確実に全てが暗記出来ていたように思う。覚える教科書のページ上の配置、図や解説文の配置、年号数値、書いてある内容、覚えるべき語句がページのどの辺りに配置されていたか、、、、そんな事が一目見ただけで記憶に焼き付けられていたように思う。
そして、今でも、その時に覚えた印象的なページは簡単に思い出す事が出来る。
歴史、地理の教科書、理科の参考書、数学の参考書、、、、色んなページを見たけど、覚えようと思って見たページは克明に覚えていたし、今でも結構な記憶が残っている。
この時は、見ただけで覚えていた、そんな感じ。

しかし15歳になると様相は一変する。見ただけでは覚えられなくなっている。ただ、それでも声に出して5回読むと記憶は完璧に刷り込まれていたのを覚えている。当時、受験勉強といえば、声に出して5回読む、、、それだけである。それで、ほぼ完璧に覚えられていたので割と楽だったように思う。特に暗記科目はそんな感じ。理系科目では作図系の科目、物理、化学、数学なら数ⅡBとかが特に得意だったように思う。見ただけでパターンが記憶されるからだ。この時は、見る+読むというアクションで記憶が満足出来る状態だったように思う。

ただ、16歳なると記憶力の衰えを実感する事になる。特に暗記科目で苦労させられた。この頃になると、見る、読むだけではダメ。手を動かして書くというアクションが必要。丹後をノートに5~10回書く、、、、これが必要だった。ただ、10回も声に出しながら書いたら完璧に覚えられていた。これ以降、記憶力は少しずつ衰えていったように思う。

しかし、それ以降でも、会話の流れでの内容だとか、好きなジャンルの数値だとか方法というのは、接しただけで完璧に記憶できていた。ただ、記憶の強弱にジャンルが大きく影響している。これが以前との大きな違いだ。

現時点で記憶力不足に不具合を感じる事はないけど、将来、恐らく記憶力が足らない事が生活で問題を来すかもしれない。記憶力をサポートする新たな記憶方法の試行錯誤は今の内から始める方が良いかも知れない。

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2021年4月 1日 (木)

記憶は何処まで遡れるか?

幼少期の記憶、何処まで掘り起こす事ができるか?
勿論、一寸前の記憶でも1年365日で目を覚ましている間の記憶を全て呼び起こす事が出来るか?というと、それは出来ないかも知れない。
記憶は確実に失われていくけど、何が理由かしらないけれど、相当古い記憶でも、あるイベントというか出来事に関しては、その前後の記憶を鮮明に思い出す事が出来る。
それはいつ頃か?

還暦がちらつく今、遡って思い出せるのはいつ頃か?というと、大学、高校、中学の頃の記憶は結構覚えている。小学校の頃の記憶も大丈夫だ。幼稚園の頃の記憶はどうか?というと、年長組の頃の幼稚園行事だとか、授業というか、その中での工作の時間に何を作って遊んでいたか?何組だったか?というのも覚えている。
幼稚園というと、当時は二年保育で、二年目に引っ越して新しい幼稚園に転園した時に、園長先生に抱きかかえられて紹介された事も覚えているし、引っ越す前の幼稚園で遊んでいた事も覚えているし、当時の友達の名前(名字も名前も)も覚えている。その時の宝物として覚えているのがスパイ大作戦のスパイ手帳だ。幼稚園の一年目、当時だから5歳時点だから1969年発売のメモ玩具。実際にサンスターのスパイ手帳の発売年をチェックすると1969年だから記憶と合致している。最初の幼稚園の遊具に集まってみんなで遊んだのを覚えている。更に記憶を遡ると、幼稚園に通う前、二階建ての家で二階の部屋で遊んでいて服を着替えるのに悪戦苦闘していた記憶も覚えているし、その時の友達と遊んでいた事や、叱られて今なら虐待かもしれないが、そういう風な事も覚えている。その時の年齢を考えると、恐らく3歳頃だろう。記憶として残っている最古の年齢が3歳だ。それ以上前の記憶は、正直全くない。2歳以前というと記憶は皆無かもしれない。もしかしたら、何かの記憶で呼び覚まされるかも知れないが、これまでに記憶を遡る試みを何度か行うも、やはり3歳迄しか覚えていない。

この記憶、恐らくは、今後加齢が進む毎に歯が抜け落ちるように失われていくのかもしれない。

老後のための備忘録というか、回想トレーニングとして過去の印象的な出来事を文章化するのは、将来の認知症予防に効果的かもしれない。

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2021年3月22日 (月)

加齢と歯周病

日本人は8割が歯周病に罹患しているという。大人になると虫歯よりも歯周病が怖い、、、らしい。

自身も30代後半で、歯周ポケットが深くなって歯周病だと歯医者さんに指摘されて気が付いたのだけど、それまで殆ど歯周病に対する意識は無し。30代後半で指摘された切っ掛けは、被せた銀歯が外れたから。これの治療で指摘されたのが最初だ。

歯周ポケットを計測すると4~5mm、歯周ポケットに相当歯石がこびり付いているとの話。

このままだと、、、、直ぐに歯が無くなってしまいますよ!と脅されたのが30代の終わり頃だ。
幸い、歯の動揺は無かったので今からしっかりケアするように!という指摘を受けて通院ライフのスタート。
初期は毎日通院して歯石を取り除き歯のケアをスタート。その後、月一のペースでメンテナンス通院を開始。この生活が記事作成時点(2019年)で17年経過している。

今では、歯周病の兆候は消えて、歯周ポケットの深さは1~2mmが殆ど、所々3mmが或る程度。この調子なら大丈夫との診断。

ただ、問題は、運動のしすぎか、くいしばりのし過ぎか、、、、多くの歯にマイクロクラックが発生している。これが割れるのが怖いとの指摘。

そして、先日、犬歯に入っていたクラックが割れて抜歯?と思ったところだけど、幸い、クラックが途中で止まっており、問題部分をくり抜いて被せモノで対応。

歯周病も怖いけど、ヒビ割れた歯というのも厄介。このヒビ割れ、直らないので、ヒビというかクラックを発見したら、成るべく食いしばらないように気を付けないと行けない。

今は、夜はシリコン製マウスピースをして寝ている。

歳を取ると、、、色んな箇所にガタが来る。何だかんだ言って、結構大変である。

話を戻すと歯周病っていうのは結構大変。アラフォーになると、定期的に歯医者さんに通う事をお奨めする。歯医者さんに通ってケアして磨ききれない汚れを定期的に掃除して歯を清潔に保つ、、、、これってかなり重要である。

月一ケアで、隣に座る患者さんというと、中高年の人が多いけど、動揺が多いとか、入れ歯を作らないといけないとか、インプラント周炎になっているとか、怖い言葉が耳に入る。そうならないようにするために、無自覚の内に通院習慣を身に付けるべき。

因みに、自身の歯磨き時間は毎日1時間以上である。そのぐらい慎重にケアする事が大事だ。

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2021年3月20日 (土)

加齢と不調

ダイエットを開始したのが30代ラストイヤー、それから3ヶ月で20kg減量、体脂肪率-20%減を達成した。不惑40代の間は健康診断でも異常値は検出されず良好な状態を維持したのだが、、、、、知命50代に突入すると、血液検査数値が微妙に正常範囲から外れるようになってきた。体重は筋量増量分はアップするも、体脂肪率は減少傾向という状況。日々の運動量は40代時より50代時の方が増えている。

そんな状況だけど、大きな異常が検出されたのが53歳時。ここで甲状腺腫瘍マーカーの数値が正常範囲から越えている事が判明。大きな病院で再検査、針生検を受けて腫瘍は異常性のものではなく正常組織の良性と判明。ただ、1年毎の定期検査という事に、、、、
その後、今度は55歳時点でPSA数値が正常範囲を超えている。ということで、人生初の泌尿器科を受診、前立腺の検査をすることに。
因みに、PSA値の高値は、前立腺癌、前立腺肥大、前立腺炎が病的原因、他には、外的刺激が原因の場合もあるとのこと。再検査時には、前立腺肥大は極僅かで罹患しているとは言えない状況。前立腺炎の様子も確認出来ない状況。そこで針生検をすれば一発で判るけど、検査で色んな可能性を排除してから行う方が良いとの説明で、それに従うことに。
針生検を行うと、自転車等に暫く乗れなくなるとの事。早く結果が知りたいと思う反面、針を刺すという行為は、医師的にはお奨めしないとの意見に従った訳だ。

再検査後は、抗生物質を二週間服用して、その後、様子を観るという事らしい。

ただ、前立腺肥大とか前立腺炎での症状は自覚しないので、ヤバイか?と思っているのが、この記事を書いている時の心境。

40代では問題無いけど、50代半ばに突入すると、如何に健康に留意して体力維持に務めていても不可避な状況が訪れる見たい、、、、定期健康診断で早期発見で診断を受けているけど、勤め人でも無ければ定期健康診断なんて受けないだろうし、多くは異常自覚してからの受診だろうと思ったりもする。

正直、ドキドキしながら健康診断と付き合うよりも、昔流に為るように為れ的に気にせず生活する方が良いのかなぁ、、、なんて考えることも少しあったりする。そんなことを考える事自体が弱気の現れだけど、正直、ドキドキとかそれを回避するためのストイックな生活というのも、少々疲れてきた気持ちもある。

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2021年2月26日 (金)

加齢と痛み

首痛、背中痛、、、、所謂、筋違いとか、そんな感じだけど、いつの間にか痛みの原因となる損傷を受けている。そして、痛みを感じてから気付く、、、そんな事が増えてきた。
歳を重ねてから特に増えてきたように思う。

ぎっくり腰とか、そういうのは無いけど、無理な姿勢、筋トレ、水泳、自転車、、、、そんな運動の後に、ふと気付くパターン。

そして、この痛みの解消っていうのが結構時間が掛かる。

これ自体、加齢を自覚する。

昔は、、、、こんな事は殆ど無かったのだが、、、、。

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2021年2月 4日 (木)

単車ライフと体力の変化、回想

サーキットや峠に通っていたのは二十歳前後。大学の後半から大学院時代は、峠メイン。年齢は20代前半。この頃、体力的には何の問題も無し。社会人になっても20代の内は、休日には峠に通って遊んでいた。勿論、体力に何の不安も感じない。ただ、30代に入り徐々に峠に通う頻度は減少。それに伴って体力の低下は確実に、、、33歳の頃、峠で遊んでいて何だか身体の動きが物足りない事に気付く。気が付けば、体重は70kgを超えている。その時、筋トレマニアの友人に連れられて初ベンチプレス。45kgが重たい。60kgは無理、、、、そんな感じ。この時の基礎代謝を計測した数値、今でも覚えているけど、約1550[kcal/day]である。30代後半では、単車に乗る頻度は更に減る。体重は更に増える。Max88kgに到達。年に1回程度行っていたツーリングでは、身体が全く動かないし、身体が重たい、、、、それを実感したのが39歳の時。その時、再びジムに出掛けベンチプレスを行ったり基礎代謝の計測を行う。その時の数値も変わらず1550[kcal/day]前後の数値だったと思う。
体重が増えて、基礎代謝は変わっていない。筋肉量が一緒でも身体が重くなれば身体は動かない、、、ダイエットが必要という事を実感、、、、

そこで有酸素運動を中心に行って脂肪を落とす取り組みを実施。結果、3ヶ月で20kg以上の体重、体脂肪率を20%削減。体重で63kg、体脂肪率で11%を達成。

すると、思い通りに身体が動く事を実感。単車で峠に通っても問題無し!を実感。
しかし、一方で重量車を取り回す時に思ったのは、何だかんだ言って、250kg級の車体は重たい。そして、思ったのは、こういう重さは二十歳前後では感じなかった重さ、、、、筋肉量はそこそこあっても筋力が衰えている事を実感。

そこで、基礎代謝、筋肉量、年齢別平均値、寿命、健康寿命等を色々調べる。

そこで得た結論、若さ、活力の元は筋力が大事。筋肉自体が生み出す事が出来る力というか、筋肉1kgあたりの代謝というか、そういうものも加齢と共に衰える。筋肉量が一定だと加齢と共に筋力、代謝は衰える。筋力を維持しようと思えば、加齢に従って筋肉量を増やし、筋力と代謝を最低でも保つ必要があるという考え方。更に、身体が大きく重たくなれば、それを若い頃と同じように動かそうと思えば、筋肉自体を増やす必要がある。つまり、体重が1割増えれば、筋力も1割増やせということ。

更に調べてみる。基礎代謝というのは10代後半が1600[kcal/day]で最大値。10代半ばが1500[kcal/day]位、20代~30代はピークを保ち、40代から低下に転ずる。40代からは10年で500[kcal/day]ずつ低下していく。20年で1000[kcal/day]程低下するようだ。60歳になると1400[kcal/day]程度になっている事が多いということ。
因みに、体重は一般に加齢と共に増加しているので、筋肉1kgあたりが負担する重量は加速度的に増加している。

二十歳前後の1600[kcal/day]と還暦の1400[kcal/day]、その差は200[kcal/day]で大したこと無いと考える人も居るけど、世間の20代と60代の力の差というのは、200[kcal/day]分の筋力の差とも言えるのである。因みに200[kcal/day]分の筋肉量ってどのくらいか?というと、、、、筋肉1kgが代謝当量で知る事が出来る。筋肉1kgでの代謝は僅か10~13[kcal/day]に過ぎないのである。代謝で100[kcal/day]違うということは、筋肉量で言い換えれば10kg近く違うのである。200[kcal/day]の基礎代謝の差というのは筋肉量で20kgにも及ぶ差なのである。逆に言えば、還暦のお爺ちゃんでも筋肉量を世代平均に20kgプラスする事が出来れば筋力的には20代世代と並ぶ事が出来るのである。

ただ、筋肉は一日にしてならず、、、なのだ。増やせる筋肉量は日常的に運動を行うアスリートレベルであっても一ヶ月で200g。毎日運動出来る人でもプロテイン等を使わず普通の筋トレを続ける事で、普通の人なら一ヶ月あたり100gが精々だろう。1年間で1kgチョット筋肉を増やす事が出来れば御の字という世界である。普通に考えて筋肉を10kg増やそうと思えば10年掛かるということ20kg増やそうと思えば20年掛かるということ。

そういう理解をして、還暦を迎える頃でも40歳時点と比較して筋肉量を20kg増やして、基礎代謝を1700[kcal/day]を実現していれば、少なくとも筋力的、体力的に趣味である単車を取り扱う上で大きさ、重さに対する負担感は感じないで済むだろうという仮説というか持論を持つに至ったのである。

この持論を得たのが不惑に入って直ぐ。体重を落として体脂肪率10%台前半をキープしている段階から、今度は筋量アップ、代謝アップを目的に筋トレ比率を増やしている。体重は60kg程度を下限に、徐々に増加。筋トレを毎日行うようになって15年以上経過しているけど、それで体重は+15kgである。体脂肪率は若干低下して10%台の事が増えている。基礎代謝は筋トレを増やす前が1550[kcal/day]程度、現在は1700[kcal/day]以上の状態。

この状態となって久しいが、加齢と共に衰えるのを防止し、維持する事を目的に筋トレも継続しているが、ここ数年、大きく重たいバイクを取り回したりして体力不足を感じるか?というと、そう言う事もめっきり無くなっている。

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