2022年1月27日 (木)

コロナの対応は?

2020年の春先(2020/4/1時点)、新型コロナウイルスの蔓延によって景気にダメージが現れ始め、収束後の経済対策の論議が行われるようになっている。
現金を配る。全国民とか、所得制限とか、いろいろ。消費税を無くすとかもある。

ただ、市民の一人としてどう思うか?

今の不便といえばマスクが無い。まぁ、マスクが無いから出来ない。そもそも、ドラッグストアーの開店前に毎日並んで買うような暇が無いので買えない。買える人は、毎日ドラッグストアーの開店前に並んで行列し、それをハシゴ出来る人だけだ。

更に、ライブイベント、コンサートの自粛、カラオケ、スナック、居酒屋での飲食自粛、花見自粛が要請されているけど、若者を中心に気にしていない人が少なく無く効果は微妙。それでいて、それに従う、音楽、スポーツの興業はかなり厳しく補償を求める声も少なく無い。

で、思ったのは現金バラマキも無意味だし、商品券もどうか?と思う。一方で、補償を求めるのも違うような気がする。生活補償は理解出来るけど、損失補償は違う。雇用、命を守るのが前提なら、生活保障費相当分の生活費を行き渡らせるのが基本のように思う。非正規雇用、パート、アルバイトならダイレクトに支給、人を雇用する企業には生活保障費相当分の人件費を補償するというのが基本のように思う。その上の事業運営上必要分については無利子、期限無期限の融資で対応すべきのように思う。

また、感染拡大中においては人を集まらせるのはNG。そして物資不足が懸念される場合は買い占めを抑制させるのが大事のように思う。ならば、消費税アップが筋だろう。特に、同じ品目を三点以上購入する場合は、三点目以上は消費税加算で10%を100%とか、1000%に加算して買い占めを抑制させるのが最有効だと思う。また、不要不急のサービス、娯楽ならば、その産業でサービスを受ければ、そのサービスに税加算を求めるのが筋だろう。人の集まる事で感染抑止にマイナスの効果が発生すれば、その対応で経費が掛かる。その経費は、マイナス効果を生むであろう行為に税で負担させるのが筋のようにも思う。映画だろうが、ライブだろうが、要請を超えて行うので在れば、それで発生するリスク対応で生まれるコストを捻出すべきであり、それを集まる客から徴収するのは道理に適っているとも思う。コンサートチケットの価格が、通常時の数倍にしても良いとも思う。その上で、収束後は税加算期間と同じ期限で消費税減税、消費税停止を行うのがベストだとも思う。

人の行動を抑止するのは、現在の自粛や要請しか出来ない法体系の社会においては、個人的には税額調整で行うのがベストだと思う。

果たして、どうなっているか?

記事が公開された時には答え合わせができるだろう。

| | コメント (0)

自粛と補償

この記事の公開は2022年頃。作成は2020年頃。二年のインターバルがあるから書ける内容というか、本音かもしれない。
2020年の春先、世間は新型コロナウイルスのパンデミックで大騒動。
感染爆発前夜といえる状況で、行政は活動自粛を訴える。一方で、自粛対象となる業界は経営が圧迫されて大変。

そんな状況で経営が破壊的に追いつめられている業界からは、補償を訴える声が多く沸き上がっている。

自粛による顧客現象による収益悪化、それで経営が立ち行かないから補償を求めるという論理だろう。
ただ、地震、台風のような天災と同じく、ウイルス蔓延による経済活動の停滞というのは、やはり、責任が何処かにあるものではない。このような異常時において最優先されるのは命であるのも間違いない。命を優先するために、効果的な対策が講じられるのも社会においては当然のように思う。人の活動、経済活動が停滞して、最初にダメージを受けるのは、生活の余裕や余力の拡大で生まれる業種だろう。しかし、経済活動が停滞すれば、そのような文化的、娯楽的な業種に留まらず、第二次産業、第一次産業にも影響は及ぶモノ。そのように全業種に経済的な圧迫が掛かった時に、全業種、全産業に従事する人に補償するという論理は成り立つのだろうか?

ここで補償すべきというのは、産業毎に失った収益、得られる筈だった収益を補償するのとは違うというのが正論なように思う。命を守るための生活補償を与えるのであれば理解できるが、収益を補償するというのは違うような気がする。勿論、業界が求める補償が何を指すのかは知らないけど、一番納得出来るのは、個々の収支で収益が得られなかった人に生活保護相当額を配分し、それ以上は無利子で期限が無限に近い形での融資で対応するというのが一番納得出来るのだが、どうなんだろう?

| | コメント (0)

2022年1月26日 (水)

神経質にはなる

コロナウイルス騒動の際の事、広島では感染者が数名の時だけど、職場でも咳き込む人がフロア毎に数名は居た。一応マスクはしているようだけど、咳き込まない自分から見ると、どうしても気になる。まぁ、神経質過ぎると言えばそうかもしれないけど、時世的に仕方ない。

で、思ったのは、咳が止まらないとか、熱が高めって人は、コンディションが完全に回復しない限りは自宅待機というか自宅療養を徹底するというのが良いのでは無いか?ということ。

チョットした異常を検知したら、マスクして社会に出るのではなく、完治するまで療養するという習慣こそが一番の対策のような気がして為らない。
完治するために自宅療養しても症状が長期間改善しないなら、そこで初めて医療機関を受診する、、、それが何よりのように思う。

大した症状でないのに医療機関に押し掛ければ医療機関が飽和に近づく。各人がチョットの異常を感じたら、先ずは自宅療養、、、、これを習慣として根付かせるのが一番のような気がする。

どんな人でも、その人が居なければ社会や組織が回らない、、、、何て事はない。どんなに偉大な人であれ、直ぐに代わりは出てくるモノ。下手な責任感で動くのではなく、大事なのは不調を他人に伝播させないこと。咳が止まらない、頭痛がする、熱っぽい、、、、そういうのはサッサと家に帰って寝てろ、、、と思う。

一寸した体調不良を訴えたくないならば、日常における生活習慣、運動習慣で基礎免疫を高めるようなライフスタイルを構築すべきだ。体調を崩させない強靱さを身に付けるのが嫌なら、不調時は大人しくすべき、、、そう思う。

| | コメント (0)

2022年1月14日 (金)

屋上に太陽光パネル、、、、

最近は小中学校の屋上に太陽光パネルを設置、、、、こういうスタイルが少なくないようだ。
ただ、、、学校の屋上っていうと、自分の幼少期を思い出すと、屋上でマス目を使ったテニスなんかを休憩時間にやって遊ぶというのが流行っていた。
太陽光パネルでエコ、、、、それと、教室の近いところで遊ぶ、、、、どっちが大切なんだろう?

何となく、太陽光パネルよりも、チョットした空間で工夫して遊ぶってスタイルを創り出させる環境の方が大事なような気がする。

| | コメント (0)

2022年1月 6日 (木)

札仙広福

こういう言葉、未だにあるんだ。言葉から札幌、仙台、広島、福岡ってのは想像付くけど、あまり意識というか認識していなかった。

語句説としては、Wikiによると、
日本を三大都市圏と地方圏に分けた場合、地方圏における都市類型の1つとして、「札仙広福」との頭字語がある。それは、札幌市(位置)、仙台市(位置)、広島市(位置)、福岡市(位置)の4市をまとめたものであり、これらは都市地理学において「広域中心都市」とされ、各都市は行政・経済などにおいて、おおよそその所属地方に及ぶ広域的な管轄地域(テリトリー)を持っている。

高度経済成長期にあたる1969年(昭和44年)策定の新全国総合開発計画(新全総)では、札幌都市圏、仙台都市圏、広島都市圏、福岡・北九州都市圏(福岡都市圏および北九州都市圏)の4つの都市圏が、三大都市圏に次ぐ「地方中枢都市圏」とされており、これら4都市圏を指して札仙広福とする場合もある。

大資本が投入された四大工業地帯に大都市が形成された重厚長大の第二次産業の時代から、工業が軽薄短小にその中心が移行すると、第三次産業が都市の拠点性に影響を与えるようになった。特に地方では、商業(支店経済都市)や行政(予算規模が数千億円から兆円単位)の集積が拠点性に影響した。すると、北陸地方の新潟市(新潟県)や金沢市(石川県)、四国地方の高松市(香川県)、九州地方の熊本市(熊本県)等も拠点性がみられたが、これらの都市は経済におけるテリトリーの規模が「札仙広福」と比べて各々が小さく、都市類型として「札仙広福」に並び称されるようにはならなかった。

高度経済成長期から半世紀経った現在、「札仙広福」は文化的興行やプロ・スポーツの面でも拠点性を持つようになっている。しかし、集客力や収益性が各都市(各都市圏)の人口順や経済規模順に必ずしも従わないことが分かっている。

なるほど!と思いつつ、今の時代にこういう類型名称が意味があるか?というと、今やそういう時代では無いとも思う。

| | コメント (0)

2021年12月24日 (金)

塾講師業

子供を教える。これは結構楽しい。
振り返ってみると、高校生の頃からバイトで学習産業に携わってきた。高校生の頃は、採点、添削、チューター業務。大学生になってからは塾講師、家庭教師、大学院以降では塾講師の他に、脱サラでの塾起業のアシスタント、起業始動、塾運営等から各種予想問題、模擬試験作成等々だ。年代的には1981年以降、塾講師業というと1984年以降、運営を含むと1988年以降で1996年頃迄行ってきた。

その頃の達成感、面白さからサラリーマン生活よりも講師業の方が楽しいか?とも思っていたけど、2010年以降は、そういう気持も失せ気味。

教える事は楽しい事であるけれど、少々面倒臭いという風に思う度合が増えてきた。2020年以降となると、今更塾で教える、、、なんて事も考えていないのが本音。

自分の子供、中高生に全教科を教えるけど、それは嫁リクエストがあるから。今でも当時の事はほぼ完璧に覚えているし、高校受験、大学受験で使う問題集の過去問を提示されても問題無く解法を伝える事ができるけど、やっぱり怠い。

自分の子供に教える段階で怠さを感じるくらいだから、他人の子に授業料を貰ったと言っても教えるのは無理っぽい。

今思えば、泊まり込みでエンドレスで授業したり、塾授業が終わってからでも、本人が望むならエンドレスで永遠に教えていたりしたけど、もうダメだな。

| | コメント (0)

2021年12月21日 (火)

日没

日曜日の夕方、車を運転していて思った。午後五時半、雲の隙間から見える空の色は、真っ暗ではない。明るさが残っている。一週間前は完全に真っ暗だったような気がする。

日の入りが一番速いのは、調べてみると11/28~12/1である。ここが17:01である。
12/19は?というと、17:04となっている。僅か3分だけど確実に日没は遅くなっている。

因みに、日の出はもう暫くは遅くなる予定。12/20時点で7:12、1/1~1/7で7:17だ。ただ、その頃の日の入りは17:12~17:17となる。

もう一ヶ月も経てば、確実に昼が長くなってきた感じを実感できる。

ただ、寒さはこれからが本番。

| | コメント (0)

2021年12月12日 (日)

新幹線

今や、新幹線といえばN700系系列ばかり。N700A、N700Sというタイプばかりだ。
まぁ、高性能なんだろうけど、正直、新幹線のワクワク感は感じない。

新幹線といえば、やはり0系。高校時代の修学旅行で乗ったのを覚えている。
それ以外で好きな新幹線といえば、印象に残っているのが100系。これはカッコイイ。300系より好き。
これは大学時代のリクルート時の会社訪問でも使ったし、社会人になってからの出張でも結構使っていた。食堂車での食事も印象深い。
他には500系。500系といえば300km/h新幹線。それから、0系以来の世界最速奪還新幹線。見た目も速そう。形も好き。この時代の出張では、あえて500系のぞみの運行車両を選んで予約していた。
300系は外れ感が強い。700系も微妙で大衆車っぽいイメージ。N700系は一度乗った後に二度目に積極的に乗りたいとは思えないモノ。

100系、500系が好き。

| | コメント (0)

2021年12月10日 (金)

クーポン券の何が悪い?

維新とか立憲が言ってるクーポン券は手数料が無駄だから現金給付に、、、
って話。

これ、そもそも昨年の一人10万円給付を現金で行った際に、消費に回らずタンス預金になっただけ、、、、実際に給付を受けた人の中で、万が一の際の蓄えにするという話が多かったのが発端だったように記憶している。

生活を助ける、景気を刺激する、、、、そんな目的だった筈だけど、その効果よりも蓄財となっただけというのが反省点だった筈。今回の給付金は給付を受ける対象への支援を助ける面と景気を刺激する面が目的となっている。その反省から、確実に出費されるクーポン券という手段を選んだ筈だろう。手数料が数百億円余分に掛かったとしても、配った5万円が確実に消費されるのであれば、配った現金が蓄財される場合よりも数百億円分のコストは吸収されるだろう。
全てを現金で給付というのであれば、現実的には全てクーポン券という方が無駄なコストが無くなるだろう。現金給付でも280億円のコストが発生する。全てクーポン券にすれば、それが無くせる上に、10万円が確実に支出に向かう訳だ。

現金給付の内、消費に回った割合を求め、蓄えられた金額が手数料を上まわるのであれば、手数料が掛かる事を責める必要は無い。

今回の維新や立憲の如何にも当然の主張という顔を見ると嫌気が差すが、それに右往左往する岸田もつまらない。

全額クーポン券で良くないか?と、個人的には思う。

| | コメント (0)

2021年11月22日 (月)

ボケ老人

記事は予約投稿である。ただ、記事を作成しながら、この内容、過去にも似たような事を書いた事があるかも?って記事も存在する。

調べてみると、、、短い場合で1年、長い場合で3年くらいの間隔で散見される事がある。

これ、一種のボケ症状かもしれない。

ブログ開設が2005年である。サイト開設は2002年である。もうすぐ20年である。30代から初めて50代である。仕方ない。まぁ、思い付きの備忘録。同じ人間が同じ様な事を考えたり、思い付いたら、被ることもある。そんなモンである。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧