2020年4月 1日 (水)

DAZN

JSPORTSではジロ・デ・イタリアの中継が行われなくなってしまった。理由はDAZNが契約を取ったから。
DAZNっていうのはネットによる映像配信、、、この時点で視聴は諦めている。
中継はテレビで見る、、、、こういう習慣では、DAZNと契約するのはどうか?なのだ。

一応、DAZNもテレビで見る事は可能とされているけど、テレビ画面にネット配信された映像を映すだけである。前提はネット接続が無いとダメ。テレビとしての前提は、アプリ対応のスマートテレビである必要がある。しかし、そうでなければ、Fire TV StickというHDMI端子に挿すデバイスが必要。このデバイスは宅内WiFiで接続して映像をテレビ画面に送るもの。

まぁ、見た目的にテレビで視聴ということだけど、自宅のネット回線に余裕が無いと、正直厳しい。

ということで、我が家ではDAZN必須のジロ・デ・イタリアの中継視聴は諦めた。

現在、我が家のネット環境はCATV回線をモデムで受けて宅内WiFiで飛ばす回線と、別のプロバイダーの無線接続WiFi回線の二系統あるけど、宅内のネット接続機器が多すぎるせいか、時折、ネットが凝り固まる事がある。そういう時はネットの接続先を臨機応変に切り換えて対処するけど、DAZNを契約すると、更に厳しい状況となりそう、、、

ということで、現状はスルー。

テレビはテレビ、別の系統で受信して視聴する、、、これが理想。

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2020年3月19日 (木)

こんな番組があれば、、、、

お気に入りのテレビ番組、二つ。

一つは、ディスカバリーチャンネルのクラシックカーディーラーズ、エドとマイク、アントとマイクが旧車をレストアして転売する番組。
これ、非常に面白い。CS放送のみだけど、毎日欠かさず視聴している。最高。

もう1つは、ナショナルジオグラフィックチャンネルのカー・SOS蘇れ!思い出の名車、これも旧車をレストアする番組。

これも面白い。

こういう番組、日本の局でも作って欲しい。日本の旧車、旧バイクをレストアする。結構受けると思うんだが、、、、

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2019年12月17日 (火)

フクシマ50

先日、講演会で、表題の映画の原作者の講演があった。講演会の内容は、、、フクシマ50、是非、見に来てね!的な話。ストーリーは東日本大震災で発生した津波で壊滅的な被害を受けた原発を危機一髪ですくったスタッフの涙の物語、彼らの活躍があったから東日本、いや、日本がすくわれたという話。そして、朝日新聞、毎日新聞がクソだという話、、、
話は1.5時間の予定が大幅に延びて2時間。内容は、、、自身が自分の小説のストーリーを読み上げる事を何度も繰り返しながらだから、内容は薄い。話の進行が遅い。

よく考えたら、本人は当事者ではない。当事者を取材して聞いた話である。なのに、当事者に成り代わってセリフを雄叫びをあげて説明する。気持が入ってない。そんな講演の中で、話の流れの中で随所に、既存メディアに洗脳されている?国民に注意を促し、諸悪の根元は新聞、メディア、、、、という論調。

正直、聞いていてウンザリ。

特定のメディアへの意見、非難、それは言いたい事は判るけど、言うべきでない。

それから、原発をすくったスタッフの活動については判らないではないけど、ちょっと美化しすぎ。話をそこで留めておけば良いけど、その先は、原発容認的な感じが強く伺える。

聞きながら、この人、超右?っていうのが感想である。

で、実際に調べてみると、超右で現政権賛同主義者的な人、、、ただ、問題は、この人の話を創立記念講演の講演者に選んだということ。一寸、、、、有り得ない。

これは、これに賛同する人が聞けば良い話のように思う。原発を危機から救った的な話は聞くけど、当時を思い出すと、初期段階における海水注入を躊躇して冷却が遅れた。初期段階の躊躇は、海水を炉内に入れると再生不可能となるので、時の経営陣が判断できなかったとか、、、、あるいは、危機対応で電源が失われてもクーラーで冷却出来るシステムがあったけど、使った事がないとか、オペレーティングミスで、その第三の冷却システムを途中の誤操作で運用出来なくなってしまったとか、そういう話である。

そもそも裁判で取り上げられていたように危機対応を時の経営陣は軽視して対策を取らなかったとか、そういう話もある。

そういう前提で考えれば、危機的対応を余儀なくされたのは、それまでの後手後手対応の東電側の姿勢であり、部外者からみれば、それって、当事者は大変だっただろうけど、企業組織としては、時間が過ぎたからといって一方的に褒め称えるような事だったのか?は少々疑問である。当時の地震と津波が予測困難かどうか以前に、その事象が生じた時の対応にミスがあり、万が一の対応策に不備があったのが最大の問題であり、対応ミスと不備による対応不能が招いた事をしっかり認識した上で、当事者の行動をドキュメンタリー的に伝えるなら兎も角、それに乗っかって、他のメディア批判を行うのは有り得ない。

映画は面白いかも知れないが、個人的には、この映画だけは、絶対に見に行かない。

誘われても、、、ノーサンキューである。原作者の思想偏向の度が過ぎている。

福島第1原発による被害、相当に甚大だったのは確か。そして、その地域に住む人が不自由な暮らしを余儀なくされているのは非常に心が痛むのも確か。
特に、原発補助金の恩恵を受けることなく被害だけ被った地域の人達は特に気の毒。

個人的には、原発対策していても、結局は対策出来なかったという事実である。最悪、東日本が壊滅していたかもしれないなら、、、、それなら、何故に原発廃止に舵を取らないのか?が不思議。

ところで、このような事実をベースにした映画、それは戦争映画も含むけど、基本的に好きでない。それは制作者、原作者の思想的歪曲や一方への肩入れ等が入ってしまうから。

こういうのはドキュメンタリーフィルムだけでよい。あたかも事実のように映画で物語りを作る、、、こういうのは間違った思想、偏った思想を広めるリスクがある。

ダメだ。

仮に、これを題材にする映画なら、地震発生前の堤防かさ上げ議論がもみ消されてしまったとか、災害発生直後の災害対応マニュアルに則った対応が出来ていたか?反省点は無かったか?とか、その時の経営判断で行った海水注入の遅れを来したホントの理由は何だったのか?とか、そういう事実に基づいた反省点を明らかにする事で、同じ事故の再発を防ぐように作るべきだろう。

彼らが頑張ったから日本がすくわれた!めでたし、めでたし、、、ではない筈だ。

少なくとも、これは部外のジャーナリストが行うべきではないような気もする。本来なら時の経営者、当事者が懺悔的に作るべきのようにも思う。

今回の講演会、日本の歴史を学ぶ、、、も一つだろうけど、判ったのは、時間が過ぎた事件、事故、災害を美化して、みんなが頑張ったから今幸せがあるんだぞ!的な美化し過ぎストーリーが、時代が変わっても出来るところが歴史かな?

原発事故については、事故前対応策の無策状態とか、異常時対応の迷走とか、そっちの方が問題。利益優先的対応の果てにしか過ぎない気もする。

ぶっちゃけ、太平洋戦争の起こった頃と戦後の声とかも、彼の話を聞くとオーバーラップさせられる。

どうも、違う気がする。

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2019年11月22日 (金)

空の大怪獣ラドン

これは昭和31年の東宝特撮映画である。ラドンといえば、ゴジラ、モスラの陰に隠れがちなキャラだけど、この特撮映画はなかなかの迫力、リアル感がある。
この特撮映画、現代のCGを多様した作品と違い、基本はミニチュアセットを使った撮影だ。
チョイ前は、ミニチュア作品と現代のCGを比較すれば圧倒的に現代のCGがリアル感が上回ると思っていたけど、不思議なモノである。実際に干渉すると、現代のCGよりも昭和31年、1956年の作品、つまり今より60年以上前のミニチュア作品の方がリアリティが上回っているような気さえする。

ミニチュア作品では明らかにミニチュアというのは判るのだけど、モノの破壊の状況、炎、風がモノを壊す時の質量感という部分では、CGよりもミニチュアの方が上回っているというのが直感的な感想である。

ミニチュア作品もテレビ特撮シリーズと映画では全く異なるけど、少なくとも、このラドンについて言えば、正直、シンゴジラよりも迫力があるような印象である。

山が崩れるシーン、鉄橋が風で落ちていくシーン、福岡の街中の建物が焼き尽くされるシーン、地面が割れて土砂が崩れ落ちるシーン、溶岩が流れ出していくシーン、、、、これらの迫力はCGを上回っている印象。溶岩の流れるシーンは、溶かした鉄を使って撮影したというから驚きである。街中の建物は1/25スケールで丹念に作ったモノ。非常に丁寧な仕事なんだろうと思われる。燃えたり、なぎ倒されたりするシーンは本物さながらである。

この手の作品、やっぱりCGよりもミニチュア、、、その方が良いような気がする。

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2019年10月 5日 (土)

3DCGアニメにウンザリ、、、

最初に見た時は感激したけど、今は寧ろイラッとする。3DCGにした途端、原作の持つ作者の個性やタッチが一気に失われているような気がする。
その昔、Mr.インクレディブルを見た時は凄い!って思ったけど、アナ雪、ドラエモンSTANDBYME、その他諸々を見れば見るほど、面白くない。画に個性が無くなってしまっている。CGならではの軽薄さ、誰が作っても同じ感じというのが無機質なモノに見える。
3DCGといえばルパン三世が公開されるらしいけど、3DCGというだけで見る気が失せている。

登場キャラクターの個性も無くなっているし、それ以外の背景に関しては3DCGアニメにした途端に、みな同じに見える。キャラクターだけでなく周囲の風景を含めてアニメは完成している。その辺の扱いが雑にしか見えない。

自身は3DCGアニメは多分、もう見ない。

昔ながらのタッチを活かした二次元アニメ、最近ならサイボーグ009ノ1、声優を釈由美子さん演じた奴があったけど、あれの方が数百倍面白い。

因みに、最近の実写映画もCGを多用しているけど、CGシーンにはリアルな質量感が欠けている。はじき飛ばされるクルマのボディが変形してなかったりガラスが割れなかったり、飛び方がゴムボールのような感じだったり、、、、CGシーンで物体の運動する形態を数式化しきれていないのだろう。軽薄は破壊シーンに留まっているモノが多い。笑えるのは単車のジャックナイフさせながら旋回して拳銃を撃ったり、ノーヘルで走ったりするシーンがあるけど、フォークの沈み方、タイヤの潰れ方、車体の不安定感がまるで再現されていない。ノーヘルで走ると40km/h程度で毛根が引きちぎれそうな感じだけど、登場人物のヘアはサラサラでセットも崩れない、、、そんなんばかり見ると、全く受けない。

特撮ならミニチュアセットをリアルにぶっ壊す方が遙かに迫力があるし、崩壊するモノの質量感の再現が未だマシ。大昔の特撮映画、空飛ぶ大怪獣ラドンが死に至るシーンなんか素晴らしい。スタジオで溶融させた鉄を流しマグマを再現、その上で吊したラドンのピアノ線が予想外に断線しバランスを崩した不安定な状態を撮影、、、遙かにリアルである。

下手な質量感の伴わないCGで映画を作るくらいなら、昔の映画の高精細化、カラー化して公開してくれる方が何百倍、何千倍も見る気を起こさせる。

最近の映画、特に3DCGアニメ、CGバンバンの実写映画、これらほど中身に乏しく、表現が稚拙な映画な感じ。

こういうのよりは、役者の演技力を前面に押し出した映画の方が遙かに面白い。最近なら『記憶に御座いません』、『孤狼の血』、『俺はまだ本気出してない』これは面白かった。CGがあくまでも脇役の『アルキメデスの大戦』とか、『男達の大和』とか、こういう方が面白い。

単なるCGアクション映画程、記憶に残らない。印象も残らない。何にも残らない感じだ。

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2019年8月13日 (火)

盆休みの映画

ダブルヘッダーで見に行きました。
一本目はワイルドスピード・スーパーコンボ、二本目はアルキメデスの大戦です。

ワイルドスピード・スーパーコンボはいつものメンバーと違ったのが少し残念です。アルキメデスの大戦は、予想以上に面白かったです。
今のところ、今年一番かも知れません。

今年は、中井貴一主演の記憶喪失の総理大臣の映画、それから、ターミネーターの最新版を見に行きたいですね。

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2019年8月 5日 (月)

ブラックワイドショー、見てみたい

2000年頃だったと思うけど、日テレ系の深夜番組で「ブラックワイドショー」って番組があった。

あれ、結構面白かった。

何が楽しいか?というと、北朝鮮の色んな世代向けの律動体操の動画。

あれは、最高に面白い。

今の感覚で、ブラックワイドショーってのを見てみたい。

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2019年6月15日 (土)

空母いぶき、続きを見た。

木曜日、月初めに爆破予告で途中中断した映画、『空母いぶき』を無料招待券で鑑賞した。
終わりの30分迄は見ていたはずだけど、思いの外、忘れている。

で、最後迄見た訳だが、、、、、まぁ、ストーリーが進行中の原作を一本の映画に纏めるというのは、そもそも無理がある。それでも映画として完結させるためにストーリーが作られているのだが、最初の途中まで見た感想に輪を掛けて、最後迄見ると、これは題名こそ『空母いぶき』だけど、話の構成やストーリーは全く異なるモノ。話の収め方が少々稚拙的すぎるというのが辛口ながらの感想である。

最後のシーンは、『沈黙の艦隊』的カラーを無理に突っ込んだために、逆に物凄い違和感を感じるような結末である。

原作のストーリーは、なんか有り得る?的な気持ち悪い感じと、そういう設定のストーリーを形にするのは良いの?的な気持ち悪さを感じたし、これを映画化するとなると、原作で相手国となっている中国を刺激すぎるのでは?とも思ったけど、映画を見ると、ストーリーは有り得ない。相手の存在も有り得ない。相手の背景と武力の関連性も有り得ない。有り得ない尽くしで、リアリティも何もない完全に考えられない話で、この手の映画の伝える危機感、恐怖感はゼロというのが正直な印象。

話を纏めるための設定が、究極の有り得ないである。

まぁ、原作者の色んな漫画作品、着眼点は良いけど、ストーリーの進行毎に展開を作ることが出来ず、ひたすら危機に向かうような設定。また、作者自身も、画の構成等では、著作物の引用等で物議を醸しだしてきている人でもある。言ってみれば、ホントの意味での伝えたいオリジナリティが見えづらいというのが感想である。着眼点は良いけど、進行は危機を煽るだけ煽って、行き先、着地点が判らなくなるというパターンが多い。
名作と呼ばれる『沈黙の艦隊』ではあるが、あれは最後の結末がやっぱり究極の有り得ないであり、物語の前半にあった面白さが消え失せている。そんな理由で、『空母いぶき』も原作がコミック化の第四巻迄は見たけど、その後の展開から、危機を煽るだけ煽るという方向性を感じ、『沈黙の艦隊』と同じ傾向のラストだろうなと思い、途中から読むのを止めたけど、それでも話の前半、コミックの第二巻くらいまでは面白いと思ったのだが、今回の実写映画作品は、原作者の唯一の魅力といえるストーリーの着眼点の時点で、有り得ないがスタートしており、個人的には、一言でいって残念な映画というのが結論である。

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ゴジラの有るべき姿は?

ハリウッドゴジラ最新作、映像的な迫力はさすがのCGだけど、ストーリーはかなり厳しいというのが個人的感想。
まさか、最後にラドンとかが、悪代官の如き、『へへ~ぇ』とひれ伏すのは有り得ない。

で、何故にこんなゴジラが大金を掛けて生まれたのか?を調べるためにオリジナルゴジラを最初から見てみた。

ゴジラの原点は初代ゴジラだけど、ゴジラ人気を確実なモノにしたのは、『ゴジラの逆襲』以降のシリーズ。第二作以降は、対決モノとなる。特に、四作目の『モスラ対ゴジラ』迄は、ゴジラは悪役だったはずだけど、以降の作品はゴジラが正義の味方、ウルトラマン的になっている。ゴジラが正義の味方になって以降、キングギドラ、メカゴジラといった人気キャラクターが登場している。ゴジラが正義の味方になるのは、これが勧善懲悪の子供向け映画になったということ。その後、何度かゴジラは本来の悪役になったり、色々と立ち位置を変えてきた。

そういうゴジラシリーズのゴジラの立ち位置をしっかり受け継いでいるのが最新のゴジラだ。

また、ゴジラには色んな対決怪獣が登場しているけど、ゴジラのような存在意義が感じられる怪獣も実はかなり少ないのが現実。
対決怪獣の多くは、ウルトラマンシリーズで毎回登場しては退治される敵の宇宙人、怪獣的存在。

やはり、ゴジラ映画というと、ゴジラにしろ他の登場怪獣にしろ、現実の危機を具現化した映像としての存在と関連付け出来るような存在にしないとダメだろう。ゴジラ映画は色々あるけど、初代ゴジラを越える映画は登場していないというのが正直な感想。

登場怪獣としては、ヘドラ、ビオランテくらいは、そういう存在として見られるけど、正直、他の怪獣に存在価値は無いような気がする。キングギドラは人気かもしれないけど、あの存在が、ゴジラを勧善懲悪子供向け映画でのヒーローに仕立てた張本人とも言える。メカゴジラも然りである。宇宙怪獣だとか、宇宙人が作ったロボット怪獣だとか、正直、今見ると生い立ちが厳しすぎる。現実の危機を映像化したヘドラ、ビオランテ以外で、まぁ、他の映画としてみればモスラ(原水爆実験海域に存在する島由来)くらいは理解出来なくもないけど、なかなか他の怪獣は厳しい。

やはり、ゴジラ映画で個人的にじっくり見られるのは、初代ゴジラ、ヘドラ対ゴジラ、ゴジラVSビオランテがベスト。次いで、84ゴジラ、シンゴジラ、モスラ対ゴジラくらいだなぁ、、、、

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2019年5月22日 (水)

コジラ

この度、新しいハリウッドゴジラが上映される。
当然、見に行く。
ただ、ハリウッドゴジラは、微妙にゴジラ感が違う。
自身、そもそも、CGゴジラよりも着ぐるみゴジラが好き。CGゴジラもオーソドックスなゴジラの延長にあるシン・ゴジラの方が好き。

ゴジラ映画、様々あるけど、全部好きという訳ではない。好き嫌いの理由に一貫性があるものではないけど、ゴジラシリーズに登場する怪獣は、基本的に或る程度のリアリティと存在意義、発生理由が欲しい。突拍子も無さ過ぎるのはチョット厳しい。そして、登場するのは怪獣であって生物ではない。生き物感が溢れるゴジラはチョット違う。

ということで、自身の好きなゴジラのベスト3は、次の通り。
1.初代ゴジラ
2.ゴジラVSヘドラ
3.ゴジラVSビオランテ
次点.84ゴジラ、シン・ゴジラ

映画としては、ゴジラVSキングコングは何故か好き。ゴジラ映画ではないけど、空の大怪獣ラドンも好き。

ハリウッドゴジラは、ジャンレノゴジラ、最近の対決系ゴジラも、どっちも生物感が漂い過ぎ。ゴジラといえば、訳の判らない存在。生物でもないかも知れない存在というのが怪獣の基本。そう考えると、今一。

それ以外のゴジラと言えば、対決モノが定番だけど、対決相手が微妙すぎる。メカゴジラも何度も登場してキャラが変質し過ぎ。キングギドラも然り。ゴジラ系に仲間のミニラとかジュニアとか登場して人間となれ合いすぎるのも違う。怪獣が会議して一致団結するとか、ギャグポーズを決めるとか、、、訳わからん。怪獣で不気味で、、、、というのが理想。登場怪獣は時代を映した存在であって欲しい。ゴジラと怪獣は時代の不安や危険を具現化した存在であって欲しい。ゴジラや怪獣を具体化することで、恐怖を実体化させて物語りを作るのがゴジラ映画の本質では無いだろうか?

そう考えると、やはり、ゴジラ、ヘドラ、ビオランテ、、、この辺りの存在が際立っている。大きなクモ、カマキリ、トンボとか、キングギドラやオルガのような宇宙から来たとか、未来人とか、巨大ロボットとか、ゴジラ細胞が怪獣化したとか、、、もう、意味不明。

そうはいっても、ゴジラ本、結構買っている。解体新書、ゴジラシリーズ詳細解説本、シン・ゴジラの厚い本、、、、一通り持っている。ゴジラファンなのは間違いない。

そういう意味で、ゴジラの訳判らない感満載で不気味な設定のシン・ゴジラは近年のゴジラの中では秀作だと思う。新しい怪獣、設定の登場を期待したい。

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