2016年9月23日 (金)

夏休み、お奨めコース。

夏休み、子供に何処行く?といってもハッキリしない。
ということで、当初計画していたのは、サーカス、映画、遊園地、、、といった計画。
しかし、当日になって、このプランは納得行かない様子。

で、聞くと、車酔いする癖に、車で遠くに出掛けたいとか、更に、何かしたいとか、、、

突然言われても思い付かない。

ただ、車で出掛けるにしても、水族館、海はNGだという、、、、で、山?となるけど、山で何か?は思い付かない。

で、初日に出掛けたのは、出来た時に単車で出掛けた水の国、、、しかし、正直、物足りない。
で、急遽追加で、石見銀山に向かう。ここで、鋳造で銀細工の体験コーナー、資料館巡りを実施。この銀細工、といってもスズ-ビスマス合金を使った丁銀風アクセサリーの作成だけど、これは好評。

なる程、アスレチック的に回って、体験細工が良い訳だ。

ということで、もう一箇所計画していたのは、みろくの里ったけど、これは没。尾道も考えたけど、ロープーウェイに乗って終わりだし、しまなみ海道、とびしま海道も車で行っても道があるだけ、、、、で、思い付いたのは、学生時代、単車で出掛けて悪くない印象だった竹原巡り。これ、町並み保存地区を歩いて、コースの周遊券を買えば隈無く見て回れる。そして、竹細工の体験も出来るということで、こちらにも連れて行って竹細工をさせてみた。所要時間は5時間。近いし、体験出来るし、なかなかのお奨め。

予想通りに、コースを回って、体験細工、、、、これもOKである。

広島界隈で遊ばせる。体験+見学で時間をしっかり使える、、、、と言う意味では、かなりお奨めである。

そう言えば、一昨年は福山自動車博物館でメダル作成をさせてまぁまぁ好評、昨年はガラスの里でステンドグラス作成体験をさせて好評だった。モノを作って形に残せるイベント、これが子供的には良いのかも知れない。 記念品としては、メダル的なモノよりも実際に作る度合の多いのが良いようだ。

これを頭に入れて次回以降のイベントを考えたい。

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2016年5月25日 (水)

子供に球技

自身、あまり球技はやってきていない。野球、サッカー、、、、どちらかというと、乗り物系主体である。他は水泳くらいだ。
しかし、、、、小学生のスポーツの定番は自分の意識の中では野球、サッカーというイメージがある。
で、子供とサッカー、ドッジボールは休みの日に少し遊ぶ程度は付き合ってきた。
上の子は女の子だから、それでOKだったけど、下の子は男の子、、、それで、稀に行うドッジボール、サッカーだと、もしかしたらヤバイ?と考えたりする。
まぁ、今時の小学生は、Wii Uとか3DSとか、ゲーム主体でボール遊びなんて少数派だから、、、という思いもあるけど、そうは言っても、小学校中高学年、中学生となると野球、ソフトボールでキャッチボールくらいは普通に出来ないと不味い、、、、高校、大学のスポーツの授業ではソフトボール、野球が確かあったような、、、

これまで、幼稚園児の頃にキャッチボールを少しやって来たけど、実際は数える程である。それ故に、グローブ等もホームセンターで吊されている安価な子供用だけだ。これ、合皮製品でボールをキャッチするのが結構難儀なモノ。道具がそんな感じだから、結局やらず終いである。

息子は今年から小学三年生、、、、身体は学年で一番大きいくらいで、ドッジボールをさせると結構勢いのあるボールを投げたりするので、やはりキャッチボールくらいはさせたい。しかし、幼稚園さん時代に使わせたホームセンターの合皮グローブではNGである。
ということで、この度、親子で出来るように日本製の本革のグローブを調達することにした。

せめてキャッチボールが出来るようにはさせたいが、無理強いはしない。自身も振り返れば、決して野球が好きという訳ではなかったからだ。まぁ、最低限、キャッチボールが出来て、バットが普通に振れるようになればOKである。

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2016年2月 9日 (火)

教えるのは楽しい

我が子とは言え、勉強を教えるのは結構楽しい。
教えるなら、英語、数学、理科(1分野(物理・化学)、2分野(生物・地学))、社会(地理)が楽しい。歴史、国語も可能だけど、自身の理解度、精通度から言えば、英数理+地理が良い。科目間の垣根を越えて教える事も出来る。
今は娘を教え始めた段階だけど、娘への教育で頭の準備運動して、息子への教育で本番というパターンで進めたい。息子が8歳だから十年教えたら大学入試迄終了だろう。自身、定年退職迄8年である。退職後の2年はみっちり教える事が出来そう。

子供に勉強を教えるというのは、自身が18歳の頃から教えている。最初は雇われの塾講師だったけど、以後は塾運営、運営でも教材は購入教材だったのを自作教材にシフトして進めたけど、運営している頃を思い出すと、今でも非常に楽しかったのを思い出す。

子供達に勉強を教える時に楽しいのは、教えた事が伝わった瞬間である。試験の結果を聞かずとも、教えている間に目を見れば大抵判る。その目の色を判断基準に、子供一人一人が理解したと判断出来るまで、子供の性格、学力に応じて色んな教え方を試す訳だ。その試行錯誤が嵌った時に、子供からのフィードバックが目に表れるのである。その瞬間が実に楽しいのだ。
自身が現役で教えていた時は、担当クラスが十数名だったけど、十数名毎に学力、理解度に応じて各自に異なる宿題教材を与えていた。塾形態であっても個人教育のような方法である。それ故に、受け持った生徒は、100%志望校に入ってくれた訳だが、集大成としての成果も単年で明らかになるという仕組みも、思い出せば自身のモチベーションを支える要素だったようだ。

我が子を自身の教材に、楽しさが再発見出来れば嬉しいところ。まぁ、本人達が望む夢に学力が必要だったときに手伝うだけで、本人の夢に学力が不要なら、親の出る幕は無いのだが、、、取り敢えず、そういう夢がある内は手伝いたいものである。

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2016年1月15日 (金)

本意ではないが、指導

娘は中一だ。基本、勉強については殆ど放任してきた。小学生からベネッセの通信添削を行わせていたけど、どうも自主性に任せるのは不可能っぽい。中学に入ると6月分でアウト。それ以降は、溜まる一方、、、、で、結局解約の運びとなった。
それではダメか?ということで、近所の学習塾、鴎州塾に通わせてみた。まぁ、自身が塾経営していた頃から存在する塾故に、大丈夫だろうという判断である。近所には他にも多く塾がある。白石学習院、田中学習会、、、、因みに、この辺りの塾は昭和60年頃設立した塾だ。何れの塾も創立時の教育形態は知っている。っていうか、その辺りの塾が当時目標としていた学習塾で自身が講師を行ってきたのだが、自身が講師を行っていた塾は、中学からなら目標高校が付属、修道、清心、ラサール、灘を目指すような塾であり、教育方針としては今では認められないバリバリの体罰アリのスパルタ塾だった。因みに、当時設立した他の塾は、アットホーム感溢れるタイプの塾で、そのワンランク下の生徒をターゲットにしていた記憶がある。
そうは言っても現代迄続き繁栄している訳で、この辺りの塾でも大丈夫か?という思いがあったのだが、、、、

実際に、鴎州塾に通わせて二ヶ月時点で娘のテスト結果、模擬試験結果を見て、、、、笑いが出てしまった。正直、話にならない、、、、聞くと、学校でも、塾でも、間違ったら、『こんな事もわからないの?しっかり勉強してね!』で終了。楽しく授業がモットーだとか、、、当然、判らないまま、判らない事が溜まる訳だ。

因みに、自身の時代の中学教科書は『ニューホライズン』、今の教科書は『サンシャイン』である。聞けば、学校では時間が足らないために、ページを全部教える訳でなく羅列的に読むだけ、、、塾でも、順教材をベースに読んで書いて終了、、、、全然ダメである。

因みに、自身が学んだ教材は、『PROGRESS IN ENGLISH』という中高一貫校で使う教科書だった。そして、自身が経営する塾では、PROGRESS IN ENGLISHの内容を文法体型に解体再編集して作り直したオリジナルテキストを使っていたのだが、この当時作ったオリジナル教材を基本に、毎日1~2時間の指導を娘に行う事にした。慣れさせながら、体型的、パターンを頭に染み込ませる方法である。染み込ませには、読み、書きの反復である。体型、パターンは慣れ的な要素、それから、文法構成を示す機械的な要素での指導だ。11月から始めたので、丁度3ヶ月経過である。今の進みは、PROGRESS IN ENGLISHの青本である。この半分程度迄進んでいる。内容的には公立中学の進度には追い付いた所だ。

まぁ、親子関係では、子供は憎まれ口を叩き、素直には聞かないけど、なんとかキレ無いように続けている。当面は、英文法、長文読解、英作文、数学、理科一分野、二分野を毎日1~2時間で教え続ける予定。教えながら、英語なら様々な文法用語、理科なら気象、火山、地形等々の用語もスラスラ出てくるので自身の記憶情報はバッチリみたい。久々に、難関高校入試問題、有名国立大学入試問題を解いてみると、基本的には楽勝のような感じ。
まぁ、大学受験レベルなら主要科目なら教える事は楽勝。
娘本人は、音楽を教える仕事に就きたいそうなんで、極力夢が適うように手伝うつもり。

自身の50代の十年は、娘と息子の教育&単車趣味&健康管理&体力維持で過ごす予定。

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2015年11月19日 (木)

親の期待というか、、、

一般に、親は子供になんらかの期待を掛けるのが常だろう。
で、我が家ではどうか?を考えてみた。
自分の場合、水泳、自転車、単車という長きに渡り持続している趣味があるけど、長く続ける事ができるのは、やはり幼少期からスタートしたものが深い趣味となるということで、幼少期から出来るものを探す事から始めた。
 趣味を深く突き詰めると、その熟練度が共有出来る尺度のある世界の方が、大人になったときに世界が拡がるし、活用出来る場面が増えるように思う。例えば、絵画が好きだとか、或いは、単車が好きだ、自転車が好きだという世界では、その精通度を推し量る尺度が統一されて確立されているとも言えない。少数故に、その世界で楽しむ場合の世界の拡がりを考えると、楽しいのは間違い無いが、進んでいく程、同じ世界観を持つ人、仲間を見付けるのは簡単ではない。
 そういう面で趣味としても、或いは、分野としても確立して評価の尺度が存在し、活用の場が普及し、尚かつ、一生付き合えるものという事で考えると、運動、音楽と言う事になる。この内、グループでなく少人数、一人でも出来るものは?と考えると、音楽の世界ではないか?という考えに行き着いた。自身、音楽が出来ればどんなに楽しかったか?と思う事もあり、子供には音楽の力を授けたいと思ったのである。これは、子供が生まれる前に考えた事だ。
 音楽にしっかり接っしさせる事を目的に、娘、息子には、ピアノ、ギター、バイオリンといった楽器が扱えるように教育してきた。
なお、習い事としては、指先をしっかり動かすということで、楽器に加えて珠算をさせているくらい。

 音楽といえば、上達に併せ知識も技量も必要であり、ステップアップしなければ次の段階に進めない。そういう意味で、その世界を体験することで、他の世界での物事の学ばせ方を身に付ける事が出来ればよいと思っている。

 なお、どんな世界で生きて欲しいか?というと、基本は、ホントの意味で人のために役立つ、或いは、正しい事を突き詰める事に遠慮の要らない世界というところ。公共サービスの仕事、人に接する講師、教師、或いは、純粋に真理を曲げずに活動出来る研究者、技術者というのが理想だ。研究者なら教育機関、技術者であるならば、やはり大企業で確立した研究機関を有する企業に限る。
 間違っても、最近よく聞く、データ偽装、性能改竄が罷り通り、利益優先、受注優先主義で、嘘で真実を覆いかくして表面的な体裁で社会貢献を謳うような企業はダメ。自身の経験上、こういう世界で正義を貫くのは非常に難しい。疲れるばっかりだからだ。

 そういう選択肢を得るためには、やはり、相応の取り組みが必要。万が一、望む職に就けなくとも、自己の中に自分の世界が作れるような趣味があれば望ましいので、勉強も大事だが、勉強以外でも、自己表現が出来て、それが活用出来るような趣味の世界を持つ事が望ましい。

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2015年8月28日 (金)

夜中に怒鳴り声

子供を怒鳴る声、色んな所で結構聞こえるし、記憶にも残っている。
昨日は久々に驚いた。二軒となりの家、夜中に旦那さんと奥さんが娘さんを大きな声で強烈に叱りとばしている。窓開けっぱなしだから、怒号が夜の闇に紛れて届いて聞こえる。
娘さんは社会人で保母さんか何かだった筈だが、それに対して、大声で怒鳴って怒っているというのは、物凄い違和感を感じる。大きなお世話かもしれないが、取り敢えず、夜中の怒鳴り声は五月蠅い。

大声で叱るというのは、幼少期の躾の段階なら想像できるが、物心ついてからは大声で叱っても効果無いし、大声で叱るよりも思考回路に併せた、目線に併せた論理的で冷静な言い聞かせの方が大事だと思うけど、こちらの家は、夫婦で社会人の娘にバカでかい声で叱っている。叱りたい事情があるのかもしれないが、恐らく、娘的には親に相談したい何かがあったのだろうと思う。少なくとも、仕事をしている社会人の大人である。その悩みを聞いて自己解決できるような考え方を話してやるとか、冷静な対処がホントは必要ではなかったのでは無いだろうか?

傍目には、己のストレスを、娘を叱る機会に併せて発散させているようにしか見えない感じである。
まぁ、こんな事を思うのは、こちらの旦那さんの怒号は、結構頻繁に聞けるからだが、、、
まぁ、大声で叱り合うのは仲良しの印かもしれないし、大きなお世話かもしれないが、個人的には超違和感を感じる。

他に印象的なのは、実家時代で向かいの家の怒鳴り声。こちらは、三世代家族で、娘の実家に娘の旦那が一緒に暮らしているパターン。その娘夫婦の子供が姉妹だったけど、この子供に対して幼少期から勉強しろ!の繰り返し、習い事漬けの揚げ句、昔の積み木くずし的な状況を経て最終的には姿を一切見掛けなくなったのだが、初期の段階から成人するまでの間、娘夫婦と、爺婆が子供にフルタイムで怒鳴り続けていたのが思い出される。

まぁ、自身も怒鳴る事はあるけど、怒鳴るのは、危ない遊びをした時、小学校低学年での食事をしつける(好き嫌い、食事時間の躾)時程度で、少なくとも、勉強や習い事で怒鳴った事は無いが、先の例は、怒鳴って聞く年齢でも無いし、寧ろ逆効果だと思うのだが、怒鳴って押さえつけるという事を繰り返す親の教育。

正直、そういう怒鳴り声、怒号というのは、躾るためでなく、そのタイミングを利用して怒る側のストレス解消にしかなっていないような気がする。

まぁ、そういう怒る人というのは、何かにつけて怒っている。常に戦闘的な感じの人が多いけど、少なくとも、誰かに何かを伝えようとする時に、怒りの感情で接しても上手く行かないもの。怒るのは否定しないけど、少なくとも、誰か相手に直接怒るのは、基本反発を招くだけだから良い事は何もない。相手の行為に独り言的に怒りの感情を発散させる程度に留めるのが吉。

或る程度の年齢になって自我を持っている場合、理解させるのが大事なんだが、、、、。

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2015年6月11日 (木)

休日、外遊び、父親

このフレーズが気になる今日この頃。
理由は、休日に子供に外遊びで接するのは父親の役割という意識があるからだが、何だか、少数派っぽいからだ。
ボール投げ、ボール受け、ボール蹴り、ペダル漕ぎ、自転車乗り、自転車散歩、ローラーブレード、スケボー、一輪車、竹馬、、、、、幼稚園~小学校低学年で伝えるべき遊びのような印象。因みに、屋内では、剣玉、ベーゴマ、ヨーヨー辺りだ。
コンピューターゲームには、オヤジは良く判らないので知らない。

上の子も、下の子も、歩き始めてから10歳前くらいまでに、この辺りを教えるように過ごしてきた。基本、毎週遊びに付き合うのである。時間的には、休日の午後3時~5時くらいの時間だ。

まぁ、教えなくても良いのかも知れない。小学校に入れば、ボールを使った体育の授業があったりするから放置プレーで良いのかも知れないが、こういう基本的な遊びっていうのは、本来、父親が行うべき遊びのような気がするのだが、こういう遊びに時間を割く親は、近所を見渡す限り10%未満。気になったので、勤務先で聞くと、やはり1割も居ないようだ。ボール投げのコツ、受ける時のコツ、蹴る時の注意をしっかり伝えるのは大事だと思うし、活動半径を拡げるための自転車の常識を伝えるのは、非常に大切だと思っている。
我が家では、姉弟共に、三歳には補助輪無し自転車に乗っていたし、5歳で一輪車もOKで、自転車で往復20km程度のサイクリングには連れて行っていた。それで信号、左側通行等々をしっかり教育してきたけど、やはり、こういう系統は少数派のようだ。

聞けば、他のお父さん連中の休日の過ごし方は、ビール飲みながらゴロゴロとか、昼から映画、DVD鑑賞とか、そういう方が多い様子。

まぁ、何が正しいという訳ではないが、不思議に思うのは、自分の子供が余所の親に遊びを習っている風景を見て、何も思わないのか?という事。まぁ、気にしない人は気にしないのだろう。

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2015年5月26日 (火)

育児

小学生の息子、中学生の娘が居る。習い事、色々させているけど、塾には通わせていない。やはり、、、塾に通わせて、良い学校行かせて、何が楽しい?月謝だけの価値がある?と思うと、その価値が見出せない。
塾で教えるレベルの事は、現状、普通に教えているから、取り敢えず不要か?と思っている。

良い学校、良い会社、良い暮らし、、、、それを目指して受験戦争を勝ち抜く、、、判らないではないが、果たして、勝ち抜いて得た立場で生活が豊かなモノになるか?というと、これは非常に疑わしい。サラリーマン暮らしが良い生活か?という疑念が拭いきれない。やはり、周りのサラリーマンを見て、生活が楽しそう、、、、って印象が湧かない。
友人を含め、周りを見て楽しく過ごしているっていうのは、サラリーマン以外の仕事の人達だ。不思議と友人の多くは勤め人よりも、一人経営者のような人達で、独立している人が多い。そして、独立している人の多くは、仕事を選んでいるし、何故か趣味を捨てていない。サラリーマンというのは、与えられた仕事をしている人が多く、趣味を捨てているような印象。サラリーマンという立場で、自分の活動時間を確保して、趣味を保って、好きな事を好きなようにやっている人というのは、、、、あんまし居ない。

大きな組織で、権限を持つレベルで仕事をするとなると、勝ち抜くべき受験戦争でも、相当に上位の一握り。正直、地方国立大学レベルでは話にならない。最低でも旧帝大修士以上の学力が必須な様な気がする。それでいて、特別な才覚が必要だが、我が子を見て、そんな厳しい競争に打ち勝つか?と思うと、そりゃぁ、遺伝的にも無理。
ということで、人生に潤いを持たせるには、ずっと取り組める、一人でも嗜める特技こそ重要という考えがある。それは、体系だったモノで、積み重ねた時間に比例してスキル上昇が望めるモノ、、、そういうモノを特技として身に付ければ、間違い無い、、、それが、俺の考えだ。

自身が長期間続けてきた何かというのは、考えてみれば、水泳を45年続けたくらい。単車、自転車は長いけど、マイナーで体系だった種目でないので、それが社会生活でのアドバンテージになる事は無い。受験を含む社会生活でアドバンテージになるのは、メジャーな運動種目、メジャーな楽器演奏能力だろう。

ということで、我が家では、出生直後から絶対音感を身に付けさせるべく、音楽教育をさせている。更に、数種類の楽器が演奏出来るようにして得意な何かを携えて社会に望めるように、、、が教育方針だ。絶対音感+リズム感、そして演奏能力、指を使わせる、、、、これが基本である。姉にも弟にも、ピアノ、ギターを基本に、追加としてフルート、バイオリン、ドラム、、、、、と少しずつ経験を積ませる魂胆だ。

ただ、学校のクラスメートからは、学習塾に通わせない家庭ということで、不思議がられているそうだ。まぁ、本人が塾に行きたいなら、敢えて止めるつもりも無いが、今のところ、それほど塾に行きたい訳でも無さそう。但し、勉強では、学校で習った事で怪しい所は、フルタイムで教える事にしているので、突然、聞きに来たりする。勉強の必要性は取り敢えず認識しているようなんで、まぁ、良いだろう。しかし、この考え方、嫁は非常に不安がっている様子。

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2015年4月10日 (金)

タブレット講座とか塾とか

最近の塾、通信教育では、タブレットで添削等を行うという。
なるほど、考えたモノだと思いながら、、、、どうも、違和感を感じ得ない。

自習のツールとしてタブレットを併用するのは理解出来るが、通信教材の添削をネット接続されたタブレットで賄うって言うのは、添削する側の手抜きというか、工数削減が一番の目的のような印象。

勿論、タブレットでも学習、記憶は可能だろうけど、やはり、紙と鉛筆で記録を残す方が個人的には好きだ。

PC等で履歴を残しても、そこから検索するのは結構大変。紙ならば、文字も絵も図も表も、フォーマットに制限無く書き込める。PC類でそれを行うとすれば、データはラスター的な保存になる。すると、後々からの利用も面倒だし、、、

まぁ、それ以前に、学習塾に高い金を払って通わせるという事自体が納得出来ないのが自分。塾教材、塾講師のレベルがどんなもんか?と言う事が、大凡見えているので、その程度に金を払う事自体に大いなる違和感を感じるからなぁ、、、、

基本、習い事をさせない訳ではないが、受験勉強よりも、趣味的な才能を身に付けさせる方が好み。音楽、楽器演奏、運動、、、、そういうモノには、幾らでも習わせたい。
しかし、受験勉強のために、そういうモノを犠牲にして塾にチェンジ、、、って気にはならない。

大学受験レベルなら、今でも教える事が出来るから、コミュニケーションが取れるのなら、一日1時間でも自分が教えてやるようにするのが一番だろう。

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2015年3月15日 (日)

子への教育

嫁さんは、結構、子どもに一生懸命勉強をさせたがるようだ。
しかし、自分は子供に無理矢理勉強させる気は無い。
勉強、特に、学校の授業を先取りしてやらせてテストの点数を取って成績を上げる、、、そういう考え方は、今一。
その為に、その辺の塾に通わせてバイト講師に勉強を教えさせるというのも、今一。

印象的に、塾の先生で凄い!っていうのに遭遇した事が無いのも大きな理由。塾教材の解説、、、、それって、金払う意味があるのか?とも思うし、点数上良い成績を取って、良い学校行って、社会に出て、果たして楽しいか?というと、それも違うような気がするからだ。

勉強なんて、本人が楽しいと思える科目を見付けて、それに好奇心が持てれば良いのだ。何が楽しい?を見付けさせるのは、先取り授業ではない、、、、これが、自身が行ってきた十数年の塾経営で得た結論だからだ。

それ故に、小さい頃は勉強よりも、なにか特技というかセンスを身に付けさせる方が良いという判断を行った。そして、脳を活発に動かさせるような事を始めたいと思っている。五感に敏感な脳を作らせて、指先を動かす事に最大限の留意を行っている。

五感に敏感というと、言葉を覚える前の直感、本能的な段階から与える事が出来る刺激は何?と考えて、生まれて直ぐから、姉弟のどちらにも音楽をしっかり聴かせ、音楽関係の事に取り組ませている。補助的には、指先を激しく使い、頭の中でイメージの連想が必須な事にも取り組ませている。まぁ、何れも勉強には直接関係無いが、その中で特異な趣味的なモノが見付かればよい。
教育的には、なによりも人間関係を作る事、そして、何か自信が持てるモノを身に付けさせる事に拘っている。

望みは、小学校卒業段階で、得意科目に自然に『理科』を挙げてくれれば成功と考えている。
この度、娘が小学校を卒業したが、得意科目は『音楽』と『理科』との事で、どっちも面白いそうだ。自身、生きていく上で『理科』が好きっていうのは、とても重要と考えている。『理科』の本質は、潜む因果を見付ける事。そして、その因果の解明には論理が必要なのだが、『理科』が好きになる事で、『数学』の必要性に気付き、『理科』という自然現象から、『社会』という科目とは連動性も見えてくると考えている。子育てに正解は無いが、取り敢えず、ここまでは思い通りだ。なお、音楽というのは、勉強が必須の時代を過ぎた後に、生活に豊かさを与えてくれる大きな武器となりうるもの。スポーツ、遊びでも良いけど、現実的に比較すると、趣味的な行動が実際に有効に使えるモノは?というと、音楽が一番のように思う。自身は、単車、自転車、水泳と言ったモノが好きだけど、出来る事なら音楽が出来た方が幸せになれたような気がするので、自分としては満足だ。趣味なんて、如何に小さい時から始めたか?が大事であり、単車とか自転車では今一だろう。

これからは、如何に楽しく反抗期と接しながら、他の勉強に接する気を起こさせるか?が課題だ。

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