2017年1月17日 (火)

久々の降雪、積雪

広島市内、発表では積雪19cmとの事。自宅でも10cm以上の積雪。幸い日曜日だったので、通勤は無いけど、出てみると、自宅前の道路も10cm以上の積雪、ガレージ、車にも同様。あと数センチ積雪が増えると、車のスポイラーより高い位置迄の積雪となり、走行不可能状態となりそうな程。
日曜日の朝に行ったのは、自宅前、ガレージの除雪だ。そして、車で団地を降りて買い出しに出掛けた。まぁ、最低地上高の余裕は大きく無いけど、5MT+4WD+スタッドレスである。基本、大丈夫だ。途中、下り坂で曲がりきれず突っ込んだ車、登坂出来ず途中で乗り捨てられた車等々あったけど、基本、関係無し。

ただ、走行中違和感を感じたのは、自宅前の除雪をして、除雪した雪を道路の真ん中に捨てる人、、、これって、違和感アリアリ。更に、幹線道路のど真ん中を、堂々と歩く歩行者も、、、、歩道走るかしないと轢き殺されかねない状態で、道路を走る車に傘をぶつけながら歩く、、、、恐らく、異常者かモラル崩壊した人なんだろう。

因みに、日曜日午前中は、子供と雪だるまを作ってみた。高さは2m程の巨大雪だるまだ。

翌月曜日は、市内の降雪にしては珍しく、圧雪+アイスバーンが残った状態。出勤は、いつもより30分繰り上げてのスタートだ。

団地の上り坂では、スタッドレス+4WDということで楽勝。ただ、下り坂では、今一不安定である。やはり、アクセルオフではブレーキは前輪にしか殆ど作用しない感じである。急勾配の下り坂では、ブレーキが必要な状況では前が滑り気味、、、ということで、急勾配でブレーキ操作が必要な場面では、サイドブレーキを併用してみると、前輪の滑りが無くなる事に気付き、下り坂に関しては、通常のフットブレーキとサイドブレーキを軽く引きずる程度に併用して走行。山越えの何カ所かに、斜度15%の曲がりくねった道があるので、そこだけ気を付けて走行したところ。

ところで、このような積雪は久しぶりである。前回の積雪は?というと、2006年の年初だったはず。あのときは、スタッドレス+MT+4WDのエリオで走ったけど、やはり結構な緊張を強いられた覚えがある。2006年以来だから11年ぶりの積雪だ。その前は、2000年の冬で、その時はスタッドレス+本格4WDのエスクードだったけど、その時は恐さは一切無かったのを覚えている。

ところで、更に振り返ると、1995年の頃は、4WDのジムニーシエラでも夏タイヤで普通に走っていた記憶がある。更に、学生時代は1989年の雪が多かった時でも夏タイヤのFFセルボで走り回っていたのだが、、、、その頃、特に恐い思いをした記憶は無い。

もしかしたら、、、普通に走れるのかもしれない。まぁ、冒険するつもりは無いが、、、、。

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2016年4月18日 (月)

この地震は未だ続くかも、、、

熊本の地震、初っ端のM6.5、震度7の地震でお終いという風に考えていたけど、後から発生した地震がM7.3、震度6強という地震が発生、その後も大きな地震が連発して、震源域が中央構造線にそって移動しているような、そんな印象。震度5とか震度6が連発すると、都市はダメージを繰り返し受けるので、被害も想像以上に拡大していく。

ニュース画面を見ていると地震速報が非常に短いスパンで連発している様子で、不気味さを感じさせるものである。

今回の地震は活断層が動く事によるものらしいけど、その断層の先には阿蘇山があるのだ。

この地震の不気味さ、大きな地震が連発しており、阿蘇山噴火、南海トラフ連動、日向灘、芸予辺りと連動するのか?と心配させるような感じ。歴史を紐解くと、400年前にひあ中央構造線状を伝達して地震が連続して起きた事もある訳で、その再現となると、これは序章に過ぎないかも知れない。

さらに、この近辺の活断層エリアに震源域が拡大しており、気象庁も何が起こるか判らない、、、との発表だ。

そんな事が危惧されているのに、、、、不思議と川内原発が止められず運転しているという現実、、、、物凄く違和感を感じる。中央構造線に沿って起こるとなると、伊方原発も時限爆弾みたいなものだ。

川内原発辺りで大きな揺れが発生して、東北の二の舞に為らなければよいのだが、、、、、

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2015年7月15日 (水)

久々の接近台風だけど、、、

台風11号が接近中の今の記事。作成日付は7/14で、到達予報は7/17という状況。この時点で、予報は広島直撃コースだけど、個人的には、おそらく逸れるだろうという予想を立てている。それ故に、心配していないけど、万が一、7/18が強風、大雨であれば休暇を取るつもり。まぁ、大雨になっても実は大したことは無いような気もする。

それは兎も角、当日の判断は自身の判断で行動するつもり。他人の判断には従わない。

2004年台風18号の際は、接近の数時間前から危険を感じたので、総務に掛け合って就業中断を進言したにも拘わらず、判断が出来ず、気が付いた時には交通機関全停止となり大変だった記憶がある。
あの時は、会社の看板が自分の車の上に落下してルーフ、Fウインドー破損で、正直、相当にむかついた記憶がある。被害を受けた駐車中の車は相当数居たけど、修理代は個人持ちだ。当時、自身の感覚としては1991年台風19号並になるように思ったので、強く経営者と総務に掛け合ったけど、何にも出来ない状態だったのは、今思い出すだけでも相当にムカツク話だ。交通機関が停まる二時間前の段階では、近隣の会社は全て操業停止しても行動出来なかったのには、当時の総務や経営者は全く危機管理が出来ない連中という印象で呆れるばかりだった。
それ以来、教訓は『自分の身は自分で守る!』ということ。状況判断が出来ない会社の言う事は聞くまいと決意して今に至っている。当然、自身の判断でリスクを感じた時は、自身の判断で休暇にしている。

現時点でも、そのスタンスは変わらないので、万が一、リスクを伴うような状況が予想されれば、当然に自分の判断で行動するつもりだが、今回の台風に限って言えば、恐らく、大したことはないような、、、そんな感じがする。

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2015年5月10日 (日)

巨大地震と火山噴火

1950年以降、M9クラスの大地震が発生すると、二年以内に火山噴火が発生する。

蔵王山の状況から、ここが要注意!という記事も見掛ける。その要注意の根拠が、過去の傾向からのようだ。
1952年のM9のカムチャッカ地震の後には、翌日にカルビンスキ山、ベズイミアニ山が3年後に噴火、1957年のM9.1のアンドレアノフ地震では4日後にヴィゼヴェドフ山が噴火、1964年のM9.2アラスカ地震では、トライデント山が2ヶ月後、リダウト山が2年後に噴火、1960年のM9.5チリ地震では、コルドンカウジェ山が二日後に噴火、2004年のM9.0スマトラ島沖地震では、タラン山が4日後、メラビ山が3ヶ月後、ケルート山が3年後に噴火、2010年のM8.8チリ中部地震ではコルドンカウジェ山が1年3ヶ月後に噴火したという。

それで、東日本大震災では富士山が噴火するのでは?と言われているけど、、、、これ、もしかして、富士山ではなく、西之島新島の海底火山噴火が連動噴火なのか?と思ったりする。

人によっては、プレートが違うから関係無い的な意見も聞くけど、実際のところ、何がどの様に関わり合っているか?なんて、正確なところは不明。

過去の地震と噴火のインターバルを考えると、既に四年が経過している訳で、インターバル的には、西之島新島の噴火の方がしっくりくるような気がする。

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2014年11月12日 (水)

衣替え実施日

本日、11/12である。最低気温は10[℃]、最高気温が19[℃]、日中の作業エリアでの気温は25[℃]、薄手のズボン、半袖薄手の上着、上着の下はTシャツのみ。
しかし、明日以降は最低気温が一桁になり、最高気温は15[℃]に到達しない見込み。ということで、今年の衣替え、夏服から冬服への切換日は11/13に決定である。

因みに、休日の私服は、先々週迄は、ジーンズ+Tシャツ+半袖ジャケットだったけど、先週末からは、ジーンズ+Tシャツ+フェイクレザーのブルゾンに変更している。上着のブルゾンは、冬になるとレザーのライダーズのブルゾンに変えるけど、この時期はレザーは暑いので不要。フェイクレザーは軽量だし、濡れても安心だし、比較的薄いので暑さも程々だから重宝している。基本、レザー志向だけど、フェイクレザーも一着あれば便利だ。
完全に冬モードになると、上下ともレザーのパンツ+ブルゾンになるけど、それになるのはもう少し先だ。師走の声を聞いてからだろう。完全冬モードは12月上旬~3月上旬迄だ。

さて、今年は自転車で走る時のウインドブレーカーを新調したい。オニツカの大昔のウインドブレーカー、かなり傷んできた。予算は、、、、5,000円くらいかな?
真冬に使う。求めるのは防風機能のみ。防寒は重ね着で対応するし運動すると保温性が高いのは逆に暑すぎるからNG。発熱して暖まった空気が外に逃げない程度の保温性を持つ上着を調達したい。

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2014年8月31日 (日)

災害前後

8月は殆ど雨、、、、ピスト走行出来たのは盆休み期間中の8/14以来。

雨の8月でしたが、大雨の8/20では土石流が到るところで発生しました。

で、8/30のピスト走は災害後初走行です。

災害の痕跡は堤防道路上からは伺えませんでしたが、唯一、折り返し地点の山が土石流で崩れていたのが確認できる程度です。

先ずは、8/14の災害前の太田川西詰めのトヨタの裏山は、

20140830ws_3

この日も、不安定な大気で空は曇りがち、、、雨に降られそうだったので空を偶然撮影していました。

8/20は非常に激しい雨が降り、被災地から遠く離れた南区の川も濁流で、真っ茶色でした。これは瀬戸内海に近いえんこう川の汚れ具合です。

20140830ws_6

バリバリ真っ茶色ですね。

こんな調子ですから、8/23、24のピスト走は自粛しました。

その後のニュースで可部線の崩落箇所も修繕されて復旧が進んだとの話で、本日8/30からピスト走を再開すると、確かに可部線も応急処置されてました。

20140830ws_16

そして、折り返し地点で撮影すると、、、一番上のトヨタの裏山は土石流が、、、

20140830ws_11

こんな感じで土石流が色んな所で発生したようです。

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2014年8月28日 (木)

次のリスク

広島の扇状地での山津波、、、昔の地名は、『八木蛇落地悪谷』だったそうだ。まぁ、扇状地自体は、流出土砂の堆積で形成された緩勾配地。扇状地を形成する山は礫や砂を運び出すエネルギーを水に与えるために、相応の標高を持つ事が多い。それ故に、先人は危険を承知していたそうだ。そんな言い伝え、地名も昔はあったそうだ。今回の事故は津波の際の、これより下に家を建てるな!という石碑に通ずるような話でもある。

広島では太田川西岸には標高の高い山が立ち並び、その山には豊後水道から湿った空気が流れ込んで、丁度雲を作って雨が降りやすい地域だが、この近辺の地域には、別のリスクが潜んでいるが、行政の政策からか知らない人が多いのだ。

先ずは、この西部丘陵地域~山稜地域は己斐断層を始めとする活断層が非常に多いのである。そして、近年は、市内のベットタウンでこの丘陵地域に大規模ベッドタウンが一気に造成されているのだ。これらのニュータウンでは、比較的リーズナブルに家が建つということで人気だけど、地の人がどれだけ移り住むか?というと、案外少ないような気もする。

この造成されたベッドタウンで有名なのが毘沙門台、西風新都、春日野といった地域である。この西風新都、毘沙門台、春日野に拡がるニュータウン、、、実は、山稜地域の谷を尾根で削った土で埋めて台地化した地域で、この様な造成地を『谷埋め盛り土』という。実際、この語句でググれば非常に沢山のリスクが内包されていることが判る。このようなニュータウンは広島なら、東部の中山~東浄界隈にも見られる。この確認は、このサイトを利用すれば一目瞭然だ。

http://ktgis.net/kjmapw/index.html

このような谷埋め盛り土では、地山と盛り土部の界面に地下水が流れ、ちょっとした揺れで大規模崩落が起きたりするのである。このような再開発は太田川東岸側の中山地域のニュータウンでも同様であり、土石流リスクのある沢を埋めた構造であり背後には標高で200~300m級の山が控えており、結構ドキドキなのだ。

こんな東部地域の団地よりもドキドキなのが、やはり、西部地域の大規模新興団地かもしれない。昔の地図を見ると、沢から埋めた土の厚みは50m以上、、、有り得ない。こちらは、元々雨が多い上に、己斐断層という地震の巣となるような活断層に貫かれた地域である。造成前のあの地域は地下水が豊富で非常に軟弱だったのも事実。この界隈はため池的な貯水池が散在し、それに山からの水路が接続されており、その水路自体が昔の地形から人為的に大きく変えられているのがよく判る。仮に五日市断層帯で断層地震が発生すれば、地下水が豊富で軟弱な地山の上の谷埋め盛り土の団地は何が起こるか想像できないのが現実だったりする。

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2014年8月27日 (水)

8/20の行動

 この夏の象徴的な出来事、それが平成26年8月豪雨の象徴ともなった8/20の広島土砂災害だ。
この日の対応は鮮明に覚えている。自身の行動を振り返ると、、、、行政の長への不満を隠す事が出来ない。過去の酷い災害でも、似たような経験もあったような気もする、、、、チョット回想してみた。

先ずは、8/20の豪雨の日を回想する。その豪雨は観測史上最高と言われている三時間降水量で217mmという雨だ。バックビルディング現象とも言われている積乱雲の連続的な局所的な形成によって積乱雲は最高で15km迄にも達し猛烈な雨が降って、安佐北区、安佐南区は甚大な土石流災害に見舞われた。

この日、前日の8/19の午後8時半頃から市内全域では、強めの雨、そして、午後10時頃には旧市内でも時間あたり100mmに近い雨が降っていたと思う。その異常性に気付いたのは、BS/CSの映像受信が出来なくなったからだ。その時は雷も非常に激しく、ブレーカーも一度落ちた程。その時は、二階のバルコニーに危険な気配を感じて見てみると、雨水が溢れて二階の部屋へ流れ込みかねない状況であり、あわてて排水口を塞ぐ落ち葉を撤去して事なきを得た。東区では午後10時20分には雨は弱くなりBS/CSの映像受信も回復したが、その時から、気象情報関連のサイトをずっと注意して自身は待機していた。
因みに、大雨洪水警報は午後9時半頃からずっと継続中だ。

日付が変わった午前零時頃、雨は殆ど止んでいたが、北東方向の空は激しく光っているのが見えた。そして、午前零時半頃に気象サイトで降雨状況を監視していると、真っ赤な表示状態が己斐~祇園山本辺りを被っている。それが徐々に北西方向に拡大する気配。

雲の流れ具合から危険を感じたので、午前1時半に嫁を起こし、リスクを伝え待機し、自分は避難出来るように着替えの準備、持ち物の準備、豪雨故に車で逃げられる場所、ルートを確認。この時は、もしかしたら柳瀬~八木界隈では大事になるかも、、、という話を嫁に話したのを覚えている。当地の地質がどうとか、地形がどうとか、そういう次元ではない雨が長時間降るような状況は、降雨前の段階である程度は予測できていたのは事実だ。その後、気象サイトでレーダー画像を監視しての判断は、午前2時半前後に最長でも10分程度が土砂降りか?という判断が出来たので、子供は寝かせて自分だけがリビングに待機して監視していると、案の定、東区では午前2時20分から10分程度激しい雨。但し、BS/CSは受信可能だったので、先の午後10時頃の雨程ではなかった。その後の気象サイトからの雨雲状況から、東区では雨は降らない事が確認出来たので就寝した。

で、翌朝6時半に起床してニュースを見ると、、、、物凄い状況になっている。土石流というよりも、山津波という言葉の方がしっくりくる。そんな状態で、何時も見る風景が一変している。
しかし、思ったのは、午後9時過ぎの降雨状況から、その後の最悪の事態を想定した準備を多くの人が行えなかった事が非常に残念。自身は一応の備えを行ったけど、その備えは各家庭でも行えたような気もするし、その時に自宅に居た広島市長も出来たはず。少なくとも、自治体の長は、8/19の午後9時~10時の状況から市役所に戻り指示待機出来たはず。

自分のような、クソ素人でも危険を感じるような雨を夜10時に感じたのであり、その段階で、自治体の長は準備指示すべきだったように思う。
消防の担当者が避難勧告を、、、と後悔の意見を述べられているのが報道されていたが、その際の状況をデータから判断するだけでは、仕方なかったように思うが、その判断とは別に、市長の対応は首を傾げざるを得ないというのが偽らざる感想だ。前夜の段階で心配を感じたのであれば、何故に、対応指示しなかったのか?そして、気象サイトで予見する行為を行わなかったのか?が、悔やまれる。午前三時以降に酷い事になるというのは、当地で雨が小康状態だった午前零時段階で判った筈なのである。
広島市長は、、、、危機管理能力というか、その辺が甘かったような気がする。

まぁ、2004年18号台風(SONGDA)が広島を襲来した時も、九州接近の段階で危険が予測できたので、勤務先の経営者、総務に従業員を交通機関が動いている間にサッサと帰宅させて台風襲来に備えるべき、、、と進言したにも拘わらず、市内周辺の他の企業全てが活動を止めても平常業務を行ってドツボに陥った様を目の当たりにしたが、その際も、勤務先の総務役員、社長のクソ度合に呆れ果てて、あれほど言ったのに何故行動できなかった?と、半ば喧嘩になったけど、やはり、危険予知が出来ない人は、何処に出もいるのだろう。
その時は、経営者は、『○○君が私を責める、、、』と、周辺役員に愚痴をこぼしていたそうだが、1991年19号台風の再来的な状況は軽く予測できたのに、対応出来なかったのは、正直、アホとしか言いようがないのである。因みに、自分は、その件以降、台風接近に伴い、己で危険と判断したら、途中退社すると決めて、組織は組織で勝手にすれば良いというスタンスである。何故か?というと、2004年の台風では、無意味に自分の愛車のルーフが飛来物で大きく損傷を受けて、自分持ちで修理した事に納得が出来なかったから。自分の意志に従って行動すれば回避できた被害だけに、危機対応は自分の意志にのみ従うと、その時以来決めているのだ。

市長だろうが、社長だろうが、金儲けが上手くても、危険予知して回避、対応が出来ないのは、如何なものか?とも思う。少なくとも、『長』は人の命を預かるのであり、金儲けとか、選挙とかよりも、人命の命を守るための行動が行えなければ資格は無いような気がする。

そして、家庭を持つ人は、家族にとっての『長』であるので、やはり、異常から家族を守る準備というか行動を行う必要があるし、その危機を検知し、対応、対策するということを心掛けるべきだろう。今回の災害で、あらためて認識したところだ。

因みに、今回の八木地区の山津波というと、まさ土云々、扇状地形云々、色んな意見があるが、今回の雨量は、そのような条件関係無しに引き起こす程の雨量。そうは言っても、確かに、そのような悪条件が被害を拡大させた可能性も否定出来ない。
広島は、報道の通りに、非常に脆い風化花崗岩からなる地域が少なくない。デルタ地域は、液状化、高潮、河川の氾濫リスクがあるし、急傾斜地では土砂災害リスクが少なくない。地震リスクでも西部地域の己斐断層を始めとして、佐伯区~安佐北、安佐南には活断層が潜んでいる。更に、太田川の西側斜面は標高500~600mの山が連なり、豊後水道から入ってきた湿った空気で雲を作りやすく昔から大雨が多い地域でもある。
広島では山裾の扇状地でも住宅街が多いが、最近ではデルタ周辺の山間部の谷を埋めて大規模団地が造成されている。西風新都、春日野、中山ニュータウン、、、、がそうだが、埋めた土砂は膨大であり、その地域を形成している大規模な人工法面が将来の大雨、或いは、地震で地盤が無事か?というと、これもかなり怪しいのが現実。

災害の度に思うが、何処が安全か?と言う事も大事だが、どうすれば安全が確保できるか?を居住地毎に理解して準備する事が大事だろう。リスクがあるから避けるでは、住む所が無くなる。選んだ場所で身を守るには、何が必要か?を考えるのが大事だろう。

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2014年8月22日 (金)

土砂災害事後論

大規模土砂災害の被害が明らかになるにつれて、評論家の意見を聞くと、、、何故に、早く避難勧告を出さなかったか?或いは、どうして宅地開発をこんな所に?とか、予防避難は出来なかったか?、、、、という話を聞く。

しかし、当日の気象の雨雲レーダーでも当地の雨を予測しきれていなかった。雨雲の流れ方で雨の予測は可能だっただろうけど、その場で断続的に積乱雲が生まれ続ける状況では雲の移動による降雨予測は実質不可能だった。

自身の居住区は現地から15kmはなれた東区だったが、東区での雨は午後10時頃の20分程度だったけど、その雨も突然にやってきて、降り始めてからは激しい雷もあり、移動は不可能な状態。雨が降って以降は移動不可能で、雨自体が予測出来ないもの。つまり、実質、手の施しようのない降り方の雨だったのである。

敢えて言うならば、地形的、地質的、断層数的に、太田川西岸流域の標高の高い山の山裾上の扇状地は、万が一のリスクを想定すべしという、昔から広島に住んできた人の意識を如何に捉えるか?次第だったのではと思う。ただ、この地域の災害といっても十数年~数十年に一度あるかないかレベルの頻度なのも事実で、一般には、朝陽を受ける西側の東向き斜面というのは生活空間として非常にすぐれており、日常の快適さを重視すれば、この地域に住むという考え方もアリなのは事実。

今回の雨、当該地域で発生し続けた積乱雲、発生した時刻、発生した積乱雲による常識のレベルを超えた雨量、、、、実質、予測不可能で、前後の変化を含めて考えると、避難勧告を出したところで、その瞬間には避難が出来た状態では無かったのが現実。事後論では、何とでも言えるが、実際にはどうにも出来なかったのが現実だろう。

広島自体、大雨、地震、台風のリスクは大きくはないけど、それでも地域によっては、こういう事態に遭遇する可能性がある場所もある。その可能性を忘れては為らないと言う事が教訓なのだろう。

これを教訓に、ハザードマップ等で己の居住域が、どういうリスクを有しているか?を、自覚するのが大事なんだろう。

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2014年8月20日 (水)

広島局所豪雨

こんな光景は全く想像していなかった。

昨晩、午後8時頃から雨足が強くなり、午後10時頃が自宅近辺では一番激しい雷雨に見舞われた。自宅は広島駅の北隣の二葉山に拡がる団地の北向き斜面に位置しているが、この時間帯の激しい雷は、二葉山の仏舎利塔等に何度か落ちたような感じである。

因みに、この場所に自宅を構えたのは、近所の南東斜面の実家では平成3年の台風19号で酷い被害を受けた記憶があること、それから、市内太田川の西側東向き斜面に住んでいた祖母の家では、雨による地滑り、鉄砲水、土石流が近隣で昔から多発していた事から、台風による風の巻き込みが少なく、団地でも標高の低い独立峰で雨水の流出量が急増せず、地震による揺れを伝えない強固な岩盤地質の地域ということで選んだ場所だ。

御陰で、平成3年19号台風と似た平成11年18号、平成16年18号台風接近の際も驚く程平穏、平成13年芸予地震の際も花瓶さえ倒れず揺れ自体は体感上震度1~2以下にしか感じなかったけど、昨晩の雷雨は仏舎利塔に落雷があったようで正直ちょっぴり怖かった。

ふと気になって二階のバルコニーを見た時には、バルコニーの排水が追い付かず水は今にも溢れそうな状態で、慌てて排水口を塞いでいた落ち葉を取り除いて排水できたから問題無かったけど、あれほどに降ったのは初めての事。

幸い、激しい雷雨は15分程で小康状態となったけど、バルコニーから空を見た感じでは、安佐南、安佐北方面の空は激しく光っており近くで激しい雷雨が続いている事が想像できた。

その後、ネットで雨雲レーダーの発生状況、予測を見ていると、午前1時~4時に掛けて安佐南方面は相当に激しい雨が降りそうな予感。もしかしたら、住んでいる地域も雨雲が掛かるかも、、、と思い、緊急時対応の準備をして午前2時迄待機、レーダー画面から雷雨がくるも最長で15分と判断して午前2時半に就寝したけど、翌朝起きて報道を見ると、想像を絶する被害が安佐北、安佐南方面に拡がっている。

あらためて思ったのは、団地選びの際の背後の山のサイズ、地質の重要性、、、大きな山の低い標高部分でも背後に大きな山ということは、大量の雨水が流れるのである。団地なら雨水を大量に抱えない独立峰の小さな山の方が土石流リスクは少ない。

広島では、太田川の両サイドの大きな山の山裾は結構怖い。最近は、この大きな山の中腹を埋めて大規模団地を造成しているけど、何だか怖いというのが正直な感想。
個人的には、広島の団地なら、黄金山、比治山、二葉山、江波山、皿山、、、このくらいのサイズの山の団地が安心だし、台風が日本海を北上する際に発生する強烈な海からの南風を避けようと思うと、沿岸域の山、小さすぎる山を避けると二葉山、或いは黄金山の北向き斜面くらいしかない。

広島の場合、太田川西岸域は、花崗岩地質に加え断層が多く存在し、地形的に雨雲が流れ込みやすい地域。五日市、廿日市~西区、安佐南区の東向き斜面は、日当たりは朝日を受けるので心地よいけど、地震や大雨に対しては脆弱な地域。
元々、太田川東岸域の西向き斜面は背が低い小さな山ばかりで宅地開発は小規模で、宅地の多くは西岸域山地の中腹に尾根線、谷線を無視して埋めた団地が多いが、将来、案外、大きな災害の種を抱えているかも知れない。

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